死に損なう

早い話が
死にかけるのも悪くない
ということだ。

関口さんは82歳の女性。
一昨年末に死にかけた。

来院したとき、真っ黄色だった。
腹痛と発熱もあった。
血圧も下がっていた。
軽いショック状態だった。

「急性胆管炎」と診断。

コネのある消化器内科へ紹介した。
入院治療で九死に一生を得た。

おデブさんだった関口さん。
退院後「ポッチャリ」に変身した。

死ぬ思いをしたのだ。
頑張るつもりはサラサラない。
悔いなきよう楽しむ。

もちろん同じ目には遭いたくない。
1時間4千円のスポーツトレーナー、
週4回の麻雀、週末は絵も習っている。
本人いわく「遊び代」に
月10万円使っているそうだ。

素晴らしいと思う。
できる人はやればいいと思う。

減量にも成功し、生活習慣病も
勝手に改善した。
残りの人生せいぜい価値あるものに
おカネをつぎ込んでほしい。

「全部使い切って死んで下さい」
最大限のエールを送った。

死ぬほどの病で死に損ねる。
望んでできるものではないが、
瀕死も「生」のスパイスになる。

死ぬまで生きる

岡田さんは膵癌と診断された。
診断時には、手術不能だった。

岡田さんは一年前、心筋梗塞になり、

大きな病院で入退院を繰り返した。

入院中は診断できなかったのだ。
心筋梗塞で入院していたからだ。
こういう「盲点」は発生し得る。

専門が細分化され過ぎているのだ。

退院後、異常に血糖値が上昇し、

黄疸も出て初めて見つかった。

年齢もあり、緩和ケアを勧められた。

本人と家族は化学療法を希望した。

病状の進行と副作用で食べられない。

往診依頼となった。

久々に会った岡田さん。

再会を泣いて喜んでくれた。

「えらいスリムになったね」
「食べられないんですよ」
「おかげで糖尿と血圧治ったね。

膵癌と合わせて2勝1敗やね」

そこに妻が現れた。
「お粥も食べないんですよ」
「じゃあ鰻(うなぎ)にすれば?」
妻は目を丸くした。
岡田さんは、

「鰻なら食べたいかも!」

こういうことはよくある。
鰻のタレはよく出来ている。
とにかくタレでご飯が食えれば、

上出来だ。

「お茶でもどうぞ」

奥さんに缶コーヒーを手渡された。

「微糖」と書かれてある。

「ぼく糖尿じゃないんで、糖入りで
いいんだけど」
岡田さんは大笑いしていた。

今日初めての満面の笑みだった。

神棚、仏壇、ご先祖様の写真。

名言、格言さまざま貼ってある。

「みんなに守られているんで」
岡田さんは言った。
「一番ご利益(りやく)あるのが来たね」

図々しく主治医は言った。

「トイレ美術館も見ていって下さい」
トイレにも名言格言豪華絢爛だった。

見覚えのある字があった。

「うす味にしたお陰で、素材の味が

よくわかり、新たな喜びを得た」

外来で書いて手渡した口ぐせだ。

毎日トイレで呟いてくれてたんだ…

もう塩分はいくら摂ってもいい。
剥がした。
「次回もっとええの書いてくるよ」

岡田さんはニッコリしていた。

玄関で岡田さんの声が聞こえた。

「せんせ~い!」
さっきと全然違う、よく通る声!
「パソコン忘れてるよ~!」
奥さんは再度目を丸くしていた。

「こんな声いつ以来かしら…」

家族は「治す」を選んだのだ。
あとはやるだけだ。