次の現場へ


「ブログネタが多そうな方に進んだら」
妻が言った。
わが妻ながらエエセンスだ!

8月一杯で診療所を辞めることになった。
理由はそれなりにあるのだが、
結局は「自分の意志」だ。
残りたければどんな手を使ってでも
残ればいいだけ。

12年間はそれなりの時間だった。
何を残したのか?
「作品」が残る世界が羨ましい。

チャーリー・パーカーが
素晴らしいのではない。
チャーリー・パーカーの「音楽」が
素晴らしいのだ。

ピカソが素晴らしいのではない。
ピカソの「絵」が素晴らしいのだ。

医療ならどうだろうか?
患者が治癒すること?
生き延びること?
それが目標なら難しい。
人はいつか死ぬ。

医療における「作品」とは?
異論はあるだろうが「関係」では
ないだろうか?

ときに私生活にまで近づき、共感し合い、
共通の目標に向かって伴走する。
打ちひしがれることも多々ある。

今、色んな形で患者さんたちが
可視化してくれている。
感謝と恐縮の時間は正直しんどい。
関係が理解できない人には一生
感じることができないだろう。

話が抽象的になりすぎた。

というわけで次の舞台に移ることにした。
やることは同じだから大丈夫。
手数と自由度が増えただけだ。

なんとかしないと


3歳児が衰弱死したニュース。
こういうニュースを朝から見ると
本当に凹む。
憎たらしい顔で映される親の顔。
「ベタ」な感情が湧き出す。

それでいいのか?

偽善かも知れないが、なぜこの親と
関係が作れなかったのか?
そう思ってしまう。
生活地域の場所の問題ではない。
精神的な関係の話だ。

「個」を放置してしまった。
「関係」で何とかならなかったか?
この親はなぜ救援を求めなかったのか?
この親の親は?夫は?友人は?
公的団体は?小児科医は?

コロナも原因したのかもしれない。
ではコロナにはビビったのか?
じゃあなぜ旅行に出かけたのか?

さっさと育児放棄して誰かの
世話になればよかったのに。
でもそれは世間体が許さなかったのか?
とすれば、世間体が優先順位の
上位にあったのか?

全部「妄想」だ。
周りは妄想しなかったのか?この親に?

真実はわからない。
ただ、ちょっとした関係が増えれば、
この子は死なずに済んだかも知れない。
予備軍はそこら中にいる。

親の介護のこと


「子供に迷惑かけないように」
下町の高齢者はみなそう言う。
黒澤さん(79歳女性)もその一人。
79歳には見えない元気さだ。

10年前に前医から引き継いだ。
「オーマイガーっ!」
だった。
糖尿に高血圧に不整脈…
どれも超バッドコントロール。

主治医に恵まれた(黒澤さんが
そう言っている…)。
両方の両親の介護に全力を尽くした。
子育てと仕事をしながら。


その苦労の記憶ゆえ同じ思いを
子供にさせたくない。

黒澤さんに言った。
「苦労かけた方がいいんじゃない?」
「なんでですか?」
「周りの評価が上がりますよ、子供の」


親の面倒をしっかり看て立派だった。
町内の人はみな黒澤さんを尊敬している。
その「信用スコア」はカネでは買えない。
黒澤さんが生き延びるに当たり、信用は
有形無形に変化している。


迷惑?
親は迷惑な存在か?
もし、親を迷惑だと思ったなら、
その人の将来は約束されるだろう。

人は「過去」を信用し、
「未来」を信頼するようだ。

迷惑な親を持つ人を誰も信頼しない。

良い親だった?悪い親だった?
関係ない。
子供次第で定義は変わる。
迷惑な親を持つ子供の信用スコアは
マイナスに決まっている。

親を介護するのは先人の「知恵」だ。
子供が生き延びるための。
だから親は図々しくいればいい。


子供がいない人?
それは幸いだ。
周囲や主治医との関係性を密にする。
そのチャンスが増える!