真のツッコミになるために


大野さんのお姉さんは認知症だ。
しっかり者のお姉さんだったらしい。
もうすぐ自分の顔も忘れるのでは?
大野さんの顔は寂しげだ。

自分に置き換えてみる。
自分の妹が?自分の弟が?
まだなかなか臨場感を持てない。

「おいくつなんですか?」
「88歳なのよ」
「死の恐怖も忘れてるかもね。
それは幸運ですよ」


「旦那の顔も忘れることが多いそうよ」
「出会った頃の新鮮さが保てる!
毎日初恋じゃないですか!」


近い将来認知症患者は800万人まで
増えると試算されている。
ツッコミも最低800万人必要だ!
医者は30万人しかいない。
全然足りないではないか!

悲劇として生きるか?
喜劇として生きるか?

「記憶」は残らないかもしれない。
しかし「気分」は残る。
気分を大切に生きると決めたら
毎日リセットできる認知症も
捨てたもんじゃない。


認知症になろうと、介護する側になろうと
一回こっきりの人生。
残された人生を全うするしかない。

認知症にならない方法?
そんなことに執心するより、
いつもいい気分でいられる工夫を!

トラウマ克服法

「トラウマなんです」
という人は多い。

日本でトラウマという言葉が
使われたのは1980年代からだ。

「トラウマ」という言葉を聞くと、
「自分のトラウマは何だろう?」
と反射的に考えてしまう。
80年代以前にそれはなかったのだ。

トラウマという響きは日本語的だ。
覚えやすいゆえに頻用されたか。
これが「フォンフリッヒ」とかだと
「フォンフリッヒなんです」
とはならなかったかもしれない。

トラウマは「心的外傷」と訳される。
心の傷を負ったことのない人はいない、
程度の差こそあれど。

問題は何か?

身体症状や行動制限があるか
ないかが問題なのだ。

トラウマへのアクセスを繰り返す。
思い出す作業を繰り返すことで
記憶が強固になっていく。
勉強して「トラウマ大学」に受かる。
いい喩えではないが…

重層構造になってしまった記憶を
破壊するのは容易ではない。
そうなる前に忘却するクセを
つけることだ。

なぜ、嫌な記憶にアクセス
してしまうのか?
二度目の危険を回避するための
本能なのだろう。

反面、怖い場所に近づきたい
という本能もあるようだ。

ジェットコースター、ホラー映画、
スカイダイビング…

恐怖体験が娯楽になるのは、
生き延びた安堵感だろう。
生命危機の疑似体験と言える。

そこら辺にトラウマを克服する
ヒントがあるかもしれない。

トラウマを客観的に見ることが
できれば、克服したも同然。
あとは優先順位に従って、
人生の重要な用事をこなす。

トラウマと戯れている暇はない。
その状態になるのが理想だ。

祖先は皆、乗り越えてきたのだ。
絶対に大丈夫。