安楽死ツアー

老老介護が社会問題化して久しい。
社会保障への期待年々薄くなる昨今、
益々深刻になっていくだろう。
明るくセクシーな解決法を
模索せねばならない。

「そろそろ死んであげなきゃ」
84歳の明石さんは言った。
友人の夫に向けての発言だ。
明石さんの友人は夫の介護に
疲れはてている。

明石さんは言った。
「安楽死ってできないの?うちの
お父さんは安楽死してもらったのよ。
全部外してもらったら翌日コロっと」


こうしてバレていくのだろう。
一層安楽死させにくくなる。

明石さんは続けた。
「あたしは安楽死させてほしいわ。
スイスなら安楽死できるんでしょ?」
「日本には自殺という手があります」
「自殺はみっともないでしょ。
やっぱりスイスで安楽死よ。
スイス行くおカネはあるのよ」

「安楽死目的でスイス行くなら
自殺と同じじゃないの?」

風邪患者との会話とは思えない。

「最期は任せてるんだからね!」
「ええ感じにしたげます」

いつもどおりに診療終了。

死に方、終い方、仕舞い方…

「人生会議」
吉本芸人が出た広告が話題になった。
厚労省発というところが胡散臭い。
社会保障費削減が大義になっている
可能性はないか?


現行の法律では医師がいなければ
人は死ぬことができない。
医師が明るくセクシーな解決法を
模索するしかない。

自殺という喧嘩

早い話が
喧嘩の仕方は下町に学べ
ということだ。

盆踊りの日、喧嘩が始まった。
片方は自分の患者さんだ。
喧嘩っ早いことで有名な人だ。

最初は冗談かと思った。
しかし、押し合いになった。

大事になるかもしれない!

そう察知し、止めに入った。
自分の他にも数人止めに入った。

自分以外、なぜか全員笑っている。
見物している人も笑っている。

何とか当事者二人を引き離した。
発熱したまま当事者たちは退散した。

すぐに、みなの笑顔が消えた。
止めに入った人も観衆も…

「何で喧嘩してたの?」
みな喧嘩の理由さえ知らない。

そうか!
喧嘩が始まったら笑うのだ!

なるほど「知恵」だ。
笑いで喧嘩を大きくするのを防ぐ。
「笑って誤魔化す」の応用例だ。
要は「煽るな」「焚きつけるな」だ。

隣国との関係が穏やかではない。
せっせと感情をぶつけ合っている。

どちらにも言い分はあるのだろう。
こんなときこそ「知恵」の出番だ。

どっちが正しいか間違いか?
勝ち負けは?
どうでもいいではないか。

笑える動物は人間だけだ。
笑いこそが最強の武器だ!

明日は9月1日。
子供の自殺が最も多くなる日だ。

子供に目を向けるべきだ。
よそ様の子供にも注意を向けよう。
緊張を解いてあげよう。

「死んだらアカンで」
その一言で一線を越えない。
何度も経験している。

今年の9月1日は日曜日だ。
翌9月2日まで注意が必要だ。

まずは自国の子供たちを守ろう!

大人の階段のぼれてる?

大人になりたかった。
子どもの頃、大人が羨ましかった。
子どもの「縛り」が鬱陶しかった。
親の言うことに従わないといけない。
先生の言うことに従わないといけない。

「子どもは自由でいいよね」
そんなことを言う人がいる。
絶対にウソだ!
子どもは不自由に決まってる。

だからよく泣くのだ!

大人になったつもりだった。
でも不自由だった。
こんなにしがらみが一杯あるのか!
組織に属するとはそういうことだ。
安全は担保されるかもしれない。
その分、自由度が減る。
自分を縛る組織からできるだけ離脱した。
自由度はどんどん増している。
ようやく大人の階段を登り始めた!?

そんな気がしている。

選挙に行こう。
どうせ宇宙法則の縛りからは離脱できない。
人生時間はあっという間。
せっかく与えられた権利だ。
自由を獲得するために。
子どもを羨ましがらせるために。
子どもに自殺させないために。