魔法の口ぐせ

今年はじめに起こった出来事。
長谷さんは84歳男性。
孫が白血病を発症した。

自分にできることはないか?
治療におカネがかかるらしい。
なけなしの貯金を下ろして
準備しておくことにした。

銀行に行ってとりあえず
「200万円」下ろそうとした。

下ろせない

説明すればするほど下ろせない。
挙げ句の果て警察がやってきた。

「孫の一大事」「200万円」…
完全に「オレオレ詐欺」を疑われた。


必死で説明するも納得しない警察。
長谷さんは興奮状態で来院した。
血圧は200まで跳ね上がっている!

「先生説明したって下さい!」
普段温厚な長谷さんの顔を真っ赤。
悔しさで目に涙が溜まっている。

主治医は警察に言った。
「息子に電話したらええだけやろ?
血圧200やで。この人殺す気か?」


銀行に連絡されれば警察も
動かざるを得ない。
銀行も銀行でトラブルを避けたい。
みなそれぞれ事情はあるだろう。
問題はやり方だ。

警察は謝罪を残して立ち去った。
人相の悪い上司も謝罪に来た。
人を見たら犯人と思え!
そんな感じでジロジロ見られた。
(こっちの見た目が原因か?)

長谷さんの孫の治療は劇的に効いた。
現時点で寛解に至っている。
すると娘の父に膵癌が見つかった。
幸い、”ステージⅠ”だった。
この段階で見つかることは稀だ。

普段受けない検診で見つけた。
娘の助言のお陰だそうだ。
嫌だった海外転勤が流れたそうだ。
海外に行ってしまっていたら
手遅れだった可能性は高い。

「全部ラッキーでしたね!」
「ええ。良い流れです」
「オレオレ詐欺のお陰かもね」

「かえって良かったんでしょうね」
長谷さんは苦笑いしていた。

孫の白血病。息子の膵癌。
自分の貯金200万円が下ろせない。
全部そこそこ「悲劇」だ。

そんなこんなの結果オーライ。
「かえって良かった」
ハッピーエンドを導き出す
魔法の「口ぐせ」だ。

死ぬまで生きる

岡田さんは膵癌と診断された。
診断時には、手術不能だった。

岡田さんは一年前、心筋梗塞になり、

大きな病院で入退院を繰り返した。

入院中は診断できなかったのだ。
心筋梗塞で入院していたからだ。
こういう「盲点」は発生し得る。

専門が細分化され過ぎているのだ。

退院後、異常に血糖値が上昇し、

黄疸も出て初めて見つかった。

年齢もあり、緩和ケアを勧められた。

本人と家族は化学療法を希望した。

病状の進行と副作用で食べられない。

往診依頼となった。

久々に会った岡田さん。

再会を泣いて喜んでくれた。

「えらいスリムになったね」
「食べられないんですよ」
「おかげで糖尿と血圧治ったね。

膵癌と合わせて2勝1敗やね」

そこに妻が現れた。
「お粥も食べないんですよ」
「じゃあ鰻(うなぎ)にすれば?」
妻は目を丸くした。
岡田さんは、

「鰻なら食べたいかも!」

こういうことはよくある。
鰻のタレはよく出来ている。
とにかくタレでご飯が食えれば、

上出来だ。

「お茶でもどうぞ」

奥さんに缶コーヒーを手渡された。

「微糖」と書かれてある。

「ぼく糖尿じゃないんで、糖入りで
いいんだけど」
岡田さんは大笑いしていた。

今日初めての満面の笑みだった。

神棚、仏壇、ご先祖様の写真。

名言、格言さまざま貼ってある。

「みんなに守られているんで」
岡田さんは言った。
「一番ご利益(りやく)あるのが来たね」

図々しく主治医は言った。

「トイレ美術館も見ていって下さい」
トイレにも名言格言豪華絢爛だった。

見覚えのある字があった。

「うす味にしたお陰で、素材の味が

よくわかり、新たな喜びを得た」

外来で書いて手渡した口ぐせだ。

毎日トイレで呟いてくれてたんだ…

もう塩分はいくら摂ってもいい。
剥がした。
「次回もっとええの書いてくるよ」

岡田さんはニッコリしていた。

玄関で岡田さんの声が聞こえた。

「せんせ~い!」
さっきと全然違う、よく通る声!
「パソコン忘れてるよ~!」
奥さんは再度目を丸くしていた。

「こんな声いつ以来かしら…」

家族は「治す」を選んだのだ。
あとはやるだけだ。