聞こえない私でいいんです

オモシロクナール に対する画像結果

生まれつき聴力の弱い人たちに、
次の質問をした。

「聴者になれる魔法の薬」があったら
飲みますか?


ほとんどの人が「飲まない」と
答えたそうだ


自分に当てはめれば何だろう?
生まれてきたときは不自由だった。
それはみな共通だ。

ただし、それは記憶にない。
不自由を自然に克服していった。

成長し、自覚的に能力を磨く。
まだまだ磨きたいし、それに
面白さを感じている。

客観的に見て「不自由」とされる
人たちもそうなのかもしれない。
補うために研鑽してきた。
バランスしているはずだ。
今さらバランスを崩したくない。

圧倒的に長い時間、「ない」まま
過ごしてきた。
「ない」自分が「自分」なのだ。

あとで失った人の方が厄介だ。
「ある」自分が「自分」だから。

体力や、記憶力、感覚。
加齢とともに失うとされる。

ホンマか?
サボっていたのでは?

不要な能力はいらない。
本当に不自由なら何らかの
代替的能力を必死で鍛えるはず。
その「根性」を失うことが
加齢なのかもしれない。


ふと思った。
「オレには羽根がないな」
確かに大空を飛んでみたい。

「羽根が生える魔法の薬」を
飲みますか?


絶対に飲まない。
飛行機があるし、もうすぐ
ドローンで飛べそうだ。
羽根をしまう服持ってないし…

痛みという孤独

坂井さん(82歳)の耳が良くなった!

腰の痛みがかなり良くなった。
すると耳まで聞こえるようになった!

もちろん数値評価としての聴力は
上がるはずがない(と思われる)。

これまで「痛すぎた」のだ。
全神経がそこに集中するだから
相対的に「聴くこと」への意識が
おろそかになるのは当然だ。

これは健康状態であっても同じ。
意識していない音は、
音として認識されない。
逆に、自分の名前は遠くで
呼ばれても聞こえる。

純粋に聴力だけを使って
聴いているのではないのだ。
他の色々な能力も一緒に動員して
聴いているのだ。

すっかり顔色も良くなった坂井さんに
「もう死ぬんかと思いましたよ」
と言ったら、
「まだ早いでしょ!?」
と笑いながら返された。

イイ徴候だ!

痛みは孤独感である

以前、どこかで読んだ言葉だ。
聞こえなくなるほどだから、
どれほど孤独か…