「先生、点滴してくれない?」
立石さん(81歳女性)は頭痛で来院した。
めまいで行う点滴で味をしめた。
頭痛ごときで点滴してられない。
「だめ」
「だめ」
3年前に夫を亡くした立石さん。
しばらく空気の抜けた風船状態だった。
ずっと会話も上の空。
最近ようやく冗談も通じるようになった。
立石さんは夫の姉と二人で暮らしている。
「イジワルな義姉」らしい。
外来ではずっと愚痴だらけだった。
立石さんは20代で寿司屋に嫁いだ。
家には義父母、義姉、義弟がいた。
義弟は後妻の連れ子だった。
戦中・戦後ではよくある話だ。
今の20代女子なら嫁ぐのを拒むだろう。
立石さんは寿司屋を手伝い、介護もした。
夫亡きあと、義姉と二人になった。
血の繋がらない姉との生活が始まる。
悲しみ、不安、不満、混在しただろう。
うつ状態になるのも理解できる。
立石さんが人生で最も長く過ごす相手。
それが義姉なのだから!
一緒に暮らし、今年60年目に突入。
夫婦なら「ダイヤモンド婚」だ!
立石さんは不定愁訴が相変わらず多い。
しかし、最近少し変化が出てきた。
「義姉が診療所行って来いだって」
いつもと風向きも表情も違う。
頭痛でもめまいでも何となく明るい。
なるほど!
義姉との関係性が変化したのだ!
そういえば最近悪口も少ない。
人間には「情」が存在する。
真の「家族」になったのかもしれない。
血のつながりがないだけの話だ。
血のつながりがないだけの話だ。
訊いてみた。
「義姉さん死んだら泣くでしょ?」
「そりゃそうよ」
「OK!点滴したげる」
適応外だが、点滴してあげることにした。