声のボリューム


「隣のじいさんがうるさくて眠れない」
三好さん(76歳女性)は不満げだ。
隣人は耳が悪くて、テレビの音量が
いつも大き過ぎるそうだ。

独居の人は寂しさを紛らすためか、
テレビをつけたまま寝る人が少なくない。

「顔も頭も悪いけど、耳だけは良いの」
と自虐的な三好さん。
元々、聴覚過敏があるそうだ。

「オッチャンに注意しに行こうか?」
と提案したが、断られた。
効果が期待できそうにない、とのこと。
いい「耳栓」を紹介してあげた。

「わたしは声が大きいですか?」
片岡さんは79歳男性。
難聴がどんどん進んでいる。
友人に「口にチャック」のジェスチャー
をされ、気にしている。

「ちょっと大きいかな」
とこちらも大きな声で応える。

難聴の人は声が大きくなりがちだ。
自分の声が聴こえないと不安になる。
スマホも聴き取りにくいそうだ。

良いヘッドホンを紹介してあげたら、
「すごく聴き取りやすくなった!」
と喜んでくれた。
「若い子に紛れ込んでるんですよ」
ヘッドホン姿にご満悦だ。

三好さんの隣人は片岡さんなのだろう。
世の中には、耳の悪過ぎる人も
良すぎる人もいるのだ。

自分の発するボリュームを少しだけ
意識してあげてほしい。

日常的にマスク着用している人は特に。
音量が大きすぎる傾向がある
関西人医師も心がけている。

香ばしい音色


櫻井さん(93歳男性)は
進行胃がんで緩和ケアをしている。

肺がんと肝臓にも転移があるが、
幸い痛みも呼吸苦もない。

妻を亡くして20年になるが、
身の回りも自分でやってきた。
年齢と病状を感じさせない気丈さも
やはり、限界に近づいている。

先日転倒して気弱になった。
臨時往診をした。

「今日は良くないね」
「食べる気しないですか?」
「鰻なら食えるかも」
「そこの吉野家ならあるかも」


ネットでメニューを確認。
大丈夫、まだあった!

ヘルパーさんが来るときに
買ってきてもらうことにした。
鰻重のタレの香りで十分だ。

テレビのついていない部屋は静かだ。
櫻井さんは陸軍でシベリアにいた。
その頃の話になった。

当時のソ連軍の機関銃は形状から
「マンドリン」と呼ばれていた。
4年間マンドリンを習っていた。
そんな話をしている櫻井さんは元気だ。

「マンドリン聴きましょうか?」
櫻井さんはほとんど使えない
スマホを息子に与えられていた。
「マンドリン演奏」で検索する。
You tube でいくらでも出てくる。

良さげな合奏を見つけた。
「上手だね」
綺麗な音色に櫻井さんは上機嫌だ。
しばらくすれば鰻重も届く。

マンドリンの音色と鰻の香り。
時代のスペックを活用すれば
終末期の部屋も華やぐ。


悲壮感も工夫次第だ。

エンディング・ノート

年に数回、健康講座を開いている。
患者さんからの要望だ。

インフルエンザ、脳卒中、認知症…
大抵ベタなテーマだ。

ときに
ヒアリ、デング熱、放射能被爆…
話題になっているトピックを
要望されることもある。

今回は
『エンディングノート』
について話すことになった。

在宅診療、看取りをしている
視点で話そうと思う。

エンディングノート的発想には
基本的に賛成だ。
「死」「終焉」から始める。
大切だと考えているからだ。


高齢者だけに必要なのではない。
若い人にこそ大切だと思う。

小島さん(79歳男性)は70歳の
ときにエンディングノートを書いた。
いつも誇らしげに話している。
他の人にも勧めているそうだ。

昨年他界した富士さんにも
書かせていた。
お陰で遺族は助かったそうだ。

今回、小島さんに依頼した。
「お手本としてみんなに
見せてもらえませんか?」

喜んで承諾してくれた。

見せられる内容かどうかは
これから吟味しないといけないが…

昨日参考資料集めに三省堂へ。
エンディングノートコーナーだけで
凄い量だった。

ほぼすべてに目を通した。

そんなに変わらない内容だった。
「のこされた人のために」
その視点が主だった。
確かにそれは大切なのだが…

ある患者さんから今回のテーマに
「独居の人には意味ないわね」
と軽く苦情が出た。
下町ははっきり言ってくれる。

「自身の残された人生を輝かせる」
その視点で話せるといいな。
そう考えている。