死にたくても死ねない

在宅患者の真木さん(94歳)は
6年前に娘を亡くし独居生活。

真木さんの口ぐせは「愚痴」中心だ。
これは娘の生前から変わらない。
往診する度に
「早く死にたい」

を聞かされる。

「早くあの子の所に行きたいよ」
「あっちでも面倒見さされるの
勘弁してくれってゆうてるよ」
「えっ?何て言ったの?あら?

補聴器してなかったわ」

終始こんな具合だ。

「大丈夫大したことゆうてないから」
「どうせ悪口でしょ」
「ホメてんですよ」

隣で師長が笑いをこらえている。

娘の仏壇に供え物は欠かさない。
夜中に娘が食べてくれるそうだ。

(犯人はおそらく生きている哺乳類だ)

ヘルパーが代わる度にモノを取られる。

(のちに必ず別の場所で見つかる)

呆けてるわけではない。
色んなファンタジーが混ざり合う。

真木さんはまだまだ逞しく生き延びる。

医療には「お約束」が必要なのだ。
吉本新喜劇で育っててよかった。

手と手で通じ合う

診療終了時に患者さんと握手をする。
毎回するわけではない。
握手が苦手な人もいるので相手を選ぶ。

情報収集の側面もある。
「握力が強い人は認知症になりにくい」
という研究報告を目にしたことがある。
結論から言えば
「そうとは限らない」

である。

手が温かすぎる人は、東洋医学的には
「お血」とされている。
「血」の停滞があるかもしれない。
湿り過ぎている手は自律神経異常かも?
握り方もさまざまあって面白い。

必要以上に力自慢してくる人もいる。

指摘してくれる人もいる。
「先生手が温かいわね。心が温かいのね」
とホメてくれる。
逆に、手が冷たいと感じると
「手が冷たい人は心が温かいのよね」

これまたホメてくれる。

真木さんは94歳の独居女性。
在宅診療をしている。
診療も終わり、立ち去ろうとする。
握手は恒例になっている儀式だ。
「では再来週、また来ます」
なかなか手を放してくれない。
握手をしたままの恰好で玄関まで移動。
気づかれない程度に振り払う。
「ゆっくりしていきなよ」
「次の患者さんもおるんよ」

名残惜しいが、立ち去る。

移動の車内で右手を見て驚いた。
爪痕がくっきりついている…
寂しさと執念…
握手の情報量をあなどってはいけない。

ズバリ言うわよ!

「なんか元気が出ないんです」
83歳独居の柄崎文子さん。
近隣の人に支えられるように来院。

色々調べたが基本ヘルシーだ。
うつの初期かもしれない。
食欲もなく、当初体重は減り続けた。
「困ったら来て」

本当に毎週来院している…

初診から3か月経った。
先月頃から改善の兆しが見えた。
食欲も出てきた。
服装のお洒落度が増している。
「それ、好きな色やわあ」
よく見ると顔も非常に綺麗だ。
「美人はややこしいんですよ」

差別的にイジりもした。

体重も増えてきて元気になった。
と思っている矢先。
「何かカッタルイんです」

とこれまた典型的ではない訴え…

「眠れてる?」
「はい」
「寝てるときはカッタルくないのね?」
「はい」
「今は?」
「今は大丈夫です」
「カッタルイの忘れてたんでしょ?」
「はい」
「ヒマが原因。忙しくして下さい。

死ぬとき後悔しないように」

寝てるときは忘れる。
症状を忘れている瞬間がある。

忘れられるレベルの症状ということだ。
その程度でガタガタ言わない。

いつもの冷たい助言だ。

「先生は評判いいから」
取ってつけたようなホメ殺しをされた。
「それならもっと評判上げて下さい。
柄崎さんが元気になって愚痴がなくなる。
それは診療所のおかげと吹聴してよ」
と言いながら気づいた。

手強い患者さんこそチャンスだ!

診療を楽しもう!