厄介な痛み

口内炎…

ちっぽけな存在が人生のクオリティを
とてつもなく下げる。

しかも厄介な場所にできている…

内科医の仕事は「しゃべり」が
大半を占める(はず…)。
しゃべるたびに傷口が疼く。

いつもより少し無口な主治医。
余計なことをしゃべらない分、
長い握手で胡麻化す。
患者さんの痛みに心底
「共感」できる日になった。


痛みにも「波」があるのがよくわかる。
対面する患者さんによって
痛みの「質」が変わるようだ。

交感神経の活動のせいか?
唾液分泌量と関係があるのかも。

これは「実際の痛み」なのか?
それとも「余韻」なのか?
それとも「恐怖」なのか?
得意の「忘却テク」も駆使する。

効果は?

あった。
いつもより治りが早い!

しかし、努力を水の泡にしかねない
予定が夜に入っている。
友人の結婚式の余興の打ち合わせ。
場所は赤坂の激辛韓国料理だ!
新婦が激辛好きゆえのチョイス。

「ええい、なるがままよ!」
傷口に塗りたくるように食った。
筆舌に尽くし難い痛み…
短時間で麻痺したようだ。
数分で舌好調。

一夜明けて今朝はほぼ完治。
重症度からすれば治癒速度は
かなり早い方だと思う。

「激辛塗りつけ療法」は
誰にも勧めるつもりはない。
検証するつもりもない。

痛みはもちろん嬉しくない。
だけど永遠の痛みなんてない。
その確信は大切。
自分で人体実験するのも大事。

どうせ他人には理解できないのだから…

聴診器はタクト?

色んな楽団(バンド)を経験した。
観てきたバンド、所属したバンド。

うまくいっているバンドは
例外なく全員が「指揮者」だ。
メンバー全員が俯瞰(ふかん)
できている。

俯瞰するためには、「関係」を
理解し、共有することが必要だ。
当たり前と思うが、簡単に
できるかどうかは知らん。
簡単と思わない方がいい。

所属する「楽団」はたくさんある。
家庭、地域、学校、職場、地域、
国家、国連…

医療という「楽団」に限定しても、
患者、スタッフ、出入り業者、薬局…
無限に存在する。

しっかりと「関係」という足場を
築けているか?
「効く」ときは、できている。
間違いない。

悪く言えば、
自分勝手なヤツが1人でもおったら
治るモンも治らん
なのだ。

診療指針という共通言語への
信頼の効能は強力だ。
であれば、先人への敬意は
絶対に忘れてはいけない。

2000年以上前に、ヒポクラテスは
有名な「誓い」の中で、
「この術を与えてくれたすべての
先人たちへの敬意を忘れない」
と述べている。

それは医療の現場だけではない。
教育の世界でも適用されるべきだ。
宗教業界だって政治業界だって。

一番最初の関係性は「親子」だ。
親の自覚を持っているか?
自問自答している日々だ。

要は、どの「関係」の中でどんな
「機能」を果たしているのか?

そこを起点に考えれば、自ずと
身につけるべき「スペック」が
決定されるのではないか。
時間をつぶしている暇はない。

美しい音楽だけが効く。
24時間365日、自分のテーマです。

真の傾聴

常に何かを心配している長野さんは
84歳の女性。

「好きなんでしょ?心配が」
訊いてみた。

「そうかもしれません」

心配しているぐらいが快適なのだ。
辛さや、しんどさ、忙しさが

快適領域である人は少なくない。

浮気がバレても繰り返すオッサン。
浮気が快適領域なだけではなく、

バレて修羅場も快適領域なのだ。

こういう人に助言は不要。
徒労でしかない。
本人は気づいているのだ。

周囲は振り回されないこと。

病も快適領域である場合がある。
そういう人の話は真剣に聴かない。
本来、治す必要もない。

だって本当は治りたくないのだから。

こっちが消耗する。

寿命が縮まってしまう。

どれほど真剣に聴いているふりを
するか?

それが「真の傾聴」だ。

叱られるな…
絶対に…