お尻だって洗ってほしい


父は新しいモノが好きだった。
1980年に最長30分しか録れない
ビデオを持っている家は少なかった。
散々、家族で志村けんの「バカ殿」を
観て腹を抱えた記憶は鮮明だ。

ウオシュレットがやってきたのは
1981年、これも早かった。
「お尻だって洗ってほしい」
糸井重里のコピーが大当たりする
少し前だったようだ。

自分にはウオシュレットがノーマルだ。

学生時代アジアやインドを旅した。
ウオシュレットは見かけないものの
お尻を洗う文化を持つ国が多かった。

インドには必ず水がある。
ベトナムにはシャワーがあった。

欧米でウオシュレットが今頃売れている。
そういえばアメリカでウオシュレットを
見たことがない。
むしろトイレの汚さに辟易したものだ。

コロナは糞便中に多く含まれることが
わかった。
トイレが見直されている。
欧米のニューノーマルになるのか?
実に40年かかったわけだ。

コロナの感染率や致死率と生活様式の
関係性が検証されている。

素手で食べる文化といい、トイレの
文化といいアジアとは多いに違う。

差別したいわけではないが、
同じ人間なのだろうか?
違いをしっかり認識した上で共存する
道を本気で探す必要がありそうだ。

話そう尊厳死

「長生きしたくない」

検診にきた津山さんは84歳。
人間とは矛盾に満ちた存在だ。
「でも明日死んだら困るでしょ?」
意地悪な質問をしてあげる。
津山さんは苦笑いを浮かべる。
「検診受けてるくらいやもんね」
意地悪な主治医は膝をぶたれる。

人の生死は不確定要素だ。
「いつかの死」だけが確定している。
10年先の終着点は遠すぎる。

くっきり見える到着点は怖すぎる。

人生の最終形はこれでいいのか?
後悔ないようジタバタした方がいい。
世の中受け身だとロクでもない。
暗いニュースばかりだ。
まだ見ぬ景色を探しにかかる。

すると思わぬ感動があるかもしれない。

「みなに迷惑をかけたくない」
長生きしたくない根拠の常套句。

津山さんは「お約束」を発した。

日本人は実に「みんな」が好きだ。
「誰に聞いたの?」
「みんなそう言っていた」
「みんな」は日本一有名な存在だ。

欧米では非常に希薄な感情だ。
尊厳死の根拠に「迷惑」がない。
個人主義だからこその尊厳死なのだ。
「みんな」のために死にかねない日本人。
危なっかしい。
尊厳死の議論がなかなか進んでいかない。

やり残したことないようにしましょう。
健康面は医者に任せてOK!
一応納得して津山さんは帰宅した。