やってもうたあ

「もういつ死んでもいい」
相変わらず外来でよく耳にする。

なら何で医者に来ているの?
その矛盾は解決されないまま。
人間とは理不尽な存在だ。

庄田さん(76歳女性)もその一人。
高血圧と軽い不眠症。

「色々やった方が良いですよ。
悔いを残さないように」
「もう十分やりました」
取り付く島がない…

そんなことないでしょ。
読んでない本もあるでしょ?
行ってないところは?
会いたい人もいるのでは?

いちいち首を振る。

イライラしてきて言った。

「教えたら?それだけ経験が
あるのなら、教えましょうよ。
先人の仕事ですよ!」

庄田さんはこっちを見つめた。
意味ありげな眼差しだ。

「庄田さん何の仕事してたの?」
「まあいいじゃないですか」
「気になるなあ。夜のお仕事?」
最もなさそうな想像を伝えた。

「違う。教師をしてたの」
「えっ?どこの誰を?」
「高校男子の国語の教師」

人は見かけによらない。
およそ50年前から定年前まで
男子高生を教えていたのだ。
しかも、国語を。
(にしては会話が噛み合わないが…)

時代も今とは異なる。
女だてら、多感な男子高生を教える
のは大変だっただろう。
実際、女性教師はまれだったそうだ。

男子校出身だからよくわかる。
自分らの担任たちとまさに同世代だ。
担任が国語の先生だったいう話で
盛り上がった。

庄司さんへの見る目が変わったのは
言うまでもない。

患者さんはほとんどが人生の先輩。
当然、意外な経歴の持ち主もいる。

釈迦に説法。
よくやってしまう。
気をつけよう。

口は災いの元

未曾有の台風らしい。

脅威となる極端な気象。
地球のつながりを感じる機会だ。

赤道に近い低緯度の高い海水温。
上昇気流が生じやすいことによる、
積乱雲の連続的発達、熱帯低気圧。

エネルギー保存の一形態だ。

今まさに被災された方にとっては
それどころじゃない。
損失が最小限になるよう
お祈り申し上げます。

数年におよぶ嘔吐と腹痛が改善した
和多田さん(76歳、男性)は言った。

「治すのは自分だよ。
先生にそう言われましたよね?」

言っていない…

「治すのは自分」「自分で治す」
あまり好きではない言葉だ。

「治るのは自分だ」なら
百歩譲ってOKとしよう。

「ぼくの身体じゃないからね」
患者さんに対してよく言う言葉だ。

病を治すのは他者だ。
自分を除くすべての存在だ。
食べ物も含め、関係者全員のお陰だ。

ヒポクラテスから綿々と続く知恵の集積。
それに携わった医師、患者、研究者。

そして家族や友人たち。
時代や地域性の運もある。

「自分で治す」の「自分」って誰?

もちろん医者を選ぶ、情報の取捨選択は
自分でやることかもしれない。
しかし、潜在的な存在は無限にある。
現に今、和多田さんは受診している。

最後に言った。
「和多田さんも他の人を治す材料なのよ。
壮大な人体実験の末、生き残った医療を
享受しているわけでしょ?」

患者さんの治癒で医師も成長する。
治癒は他者にも影響するから素晴らしいのだ。
自分は治る存在であり、かつ治す存在なのだ。

人体も自然の一部。
様々な因果が重なって存在している。
エネルギーのやり取りに過ぎないのだ。

突然壮大な説教をされた。
和多田さんも災難だった。

興奮しないでください

北島さんは75歳女性。
夫も当院の患者さんだ。

「最近お父さんが鼻血が出るの」

と夫の現況を相談してきた。

「奥さんに興奮してんじゃない?」
「いくつだと思ってるのよ!」
と叱られた。

そして打(ぶ)たれた。

鼻血のようすを詳しく聴いた。

心配するほどの状況ではないと説明。

高血圧などで止まりにくいことは
あるが、基本的に圧迫で止まる。

10分間続けて圧迫するのが大事。

 

一人の料金で二人分の診療をする。

親切な主治医だ。

そして診療終了後、恒例の握手。

北島さんは
「手温かいでしょ?」
と訊いてきたので、
「興奮してんじゃない?」

もう一発打たれた。

親切な主治医だ。