気合がスゴイね


「要は気合」
友人で元世界チャンピオンだった
徳山昌守君が現役時代よく言っていた。

「先生は気合がスゴイですね」
患者さんからたまに言われる。
ホメ言葉なのだろうけど、
なんとなくしっくりこない。
「力み」を指摘されているような・・・

数字を駆使し、学術的根拠のある
話を散々しているにも関わらず。

関西弁のせいかな?

「気合」という言葉の意味にも、
階層性がある。
「病は気から」も同じ。
軽々しく使ってほしくない。

「気合」は絶対に大切だ。
というか気合が入らないと何もできない。

気合がない状態はビビっている状態だ。
ビビっているということは、脳内が
恐怖に占拠されている状態だ。
この状態ではミスをする。
注意散漫で医療現場に立ってどうする!
(また誤解される気合の発散か・・・)

正しく情報収集するためには気合が必要。
能力を発揮するためには気合が必要。
世界戦のリングで冷静に戦況を
支配する友人の勇姿に感動した。

気合の使い方は奥が深い。
それぞれのリングで気合を発揮すべきだ。

と書きながら文章の「力み」が悔しい。

新コロリンピック


新庄さんの娘はバリ島で
カラオケバーを経営している。

新庄さん夫婦は手伝いをしに、
足繁くバリ島に通っていた。

コロナ問題が発生し、2月帰国を
最後に娘の元に行けなくなった。

バリ島では今回のウイルスは日本人が
持ち込んだと疑われているらしい。

PCRはもちろん、隔離2週間後
血液検査まで行われる。
一体何を調べているのか?
抗体価を調べているのか?
そんなことがバリ島で可能なのか?


ケニアからの帰国者の話だ。
ケニアでは、ナースでさえ、正しい
マスクの着け方を教育されていない
とのことだ。

恐怖を感じて命からがら帰国した。

今回のコロナ禍、各国の対応は
バラエティ豊かだ。
文化、経済状況、ポリシー、教育レベル、
国によって特色は違う。

だからやむを得ないのかもしれない。

科学も本当の「正解」が出せていない。
正解に近い科学があったとしても、
導入できるかどうかは別問題だ。
導入できるのなら、飢餓問題はとっくに
科学的に解決しているはずだ!


ただし、死への恐怖は各国共通だ。
だから、どの国も持ってるスペックで
全力を尽くしている状態だ。

話は替わる。

平和の祭典が中止(延期?)になった。
世界のアスリートたちが自分の技術を
競い合う機会を失った。
世界が感動する機会を失った。

コロナへの対策を競い合ってはどうか?

五輪のメイン種目は25競技らしい。
感染制御方法、ワクチン、特効薬開発、
精度の高い検査法・・・
25分野くらいすぐに作れる。


五輪のロゴは五大陸を表している。
ウイルスも五大陸に広がった。

アスリートたちは、経済格差や気候条件、
体格や体質の差などの不平等を乗り越え、
高い技術を表現する。
そこに感動が生まれる。

感染症対策も国間でスペックが違う。
その中で、各自工夫している。
日本でも、百均やポリ袋が大活躍している。
その現状に文句を言うのではなく、
みな必死で工夫している。

感染症への恐怖は世界共通だ。
アスリートの高度な技術への感動も
世界共通だ。
躰を使って、限界に挑戦するのも
ある意味共通だ。


世界が競い合って危機を乗り越えれば、
世界中で感動できる。
何より、「治り甲斐」「治し甲斐」が
一層増すのではないか。


オリンピックの理念である
「平和でよりよい世界の実現」
に近づく行為だと思うのだが。

恐怖に打ち克つ方法

早い話が
取り扱えない言葉は捨ててしまえ!
ということだ。

佐藤さん(72歳)はうつ病だ。
最近状態はどんどん改善している。
兄弟で経営していた会社を昨年辞めた。
追い出される形での退社だそうだ。
仕事を辞めてうつ病を発症した。
当院には糖尿病でかかっている。
うつ病が悪くなると血糖値が上がる。

心と身体はつながっていると実感する。

「話をして相手を困らせるのが怖い」
佐藤さんはそう言った。
精神科的にはうつ病への対処として
「励ましは禁物」など色々ある。
こっちは内科医。

我流だが、正直に医療をするしかない。

「”怖い”は幻想よ」
「はあ…幻想?」
「ダイレクトな感情ではないでしょう?」
たとえば、嬉しい、悲しい、楽しいなど。
ある出来事に対して生じた感情だ。
では「怖い」や「恐怖」は?
起こりそうな出来事への感情だ。
自分の「期待」であり「幻想」だ。
6年前にキューバに行ったとき。
3500m上空からスカイダイビングをした。
飛ぶ前は「怖い」だが、スリルを楽しんだ。

期待以上のスリルだった。

世間で「怖い」とされているもの。
ジェットコースターやお化け屋敷、
ホラー映画はすべて娯楽だ。
「怖い」からこそ、みなやりたがる。
スリルを楽しむ未来が「怖い」なのだ。

だから「怖い」は娯楽への期待なのだ。

スリルが嫌いなら体験しなければいい。
それは「イヤ」という感情だ。

繰り返す。
「怖い」は期待にすぎない。
期待するのは、ほかならぬ自分。
幻想を作り出すのも自分。
恐怖に打ち克つ方法?

「ま・ぼ・ろ・し」だと知ることだ。

「自分が情けない」
とも佐藤さんは言った。
「情けない」はあってもいい。
「で、何?」だ。
理想の自分ではないから情けないのだ。

「情けなくない」自分になればいい。

うつのど真ん中ならこんな話は難しい。
佐藤さんは1歳の孫に救われている。
可愛くて仕方がないらしい。

赤ちゃんにうつ病はいない。
赤ちゃんは常に体験先にありきだ。
体験をして、感情が生じる。
その感情を言葉にできない。
言葉化できない感情に満たされている。
だから赤ちゃんのそばにいると

心地いいのかもしれない。

世界には邪魔な言葉が多い。

取り扱えない言葉は捨ててしまえ!
今日から「怖い」は禁止だ。

「絶対死なんといて下さいよ。
ボクのために生きてよ、佐藤さん。
死なれたら一生トラウマになるで」

最後にしっかり怖がらせておいた。