こんなときこそ

「落ち込んでいる暇があったら、
そのエネルギーを使って
ブルースを書いた」
デューク・エリントン

大切な人との死別、事業の失敗、
理不尽な出来事、病気、災害…

悲哀の種はそこら中に転がっている。
悲哀の種しか目に入らないだけ
かもしれない。

先人たちはそれをエネルギーにして
仕事をしてきた。
自らの涙を拭いて、世の中の涙の
原因を解決してきた。

便利な世の中と文化を享受している。
挫けなかった先人たちのお陰だ。

悲哀のエネルギー量は大きいのだ
と思う。

どんな困難も乗り越えられる。
そう確信している。
生きている人にはとてつもない
エネルギーがあるのだから。

口は災いの元

未曾有の台風らしい。

脅威となる極端な気象。
地球のつながりを感じる機会だ。

赤道に近い低緯度の高い海水温。
上昇気流が生じやすいことによる、
積乱雲の連続的発達、熱帯低気圧。

エネルギー保存の一形態だ。

今まさに被災された方にとっては
それどころじゃない。
損失が最小限になるよう
お祈り申し上げます。

数年におよぶ嘔吐と腹痛が改善した
和多田さん(76歳、男性)は言った。

「治すのは自分だよ。
先生にそう言われましたよね?」

言っていない…

「治すのは自分」「自分で治す」
あまり好きではない言葉だ。

「治るのは自分だ」なら
百歩譲ってOKとしよう。

「ぼくの身体じゃないからね」
患者さんに対してよく言う言葉だ。

病を治すのは他者だ。
自分を除くすべての存在だ。
食べ物も含め、関係者全員のお陰だ。

ヒポクラテスから綿々と続く知恵の集積。
それに携わった医師、患者、研究者。

そして家族や友人たち。
時代や地域性の運もある。

「自分で治す」の「自分」って誰?

もちろん医者を選ぶ、情報の取捨選択は
自分でやることかもしれない。
しかし、潜在的な存在は無限にある。
現に今、和多田さんは受診している。

最後に言った。
「和多田さんも他の人を治す材料なのよ。
壮大な人体実験の末、生き残った医療を
享受しているわけでしょ?」

患者さんの治癒で医師も成長する。
治癒は他者にも影響するから素晴らしいのだ。
自分は治る存在であり、かつ治す存在なのだ。

人体も自然の一部。
様々な因果が重なって存在している。
エネルギーのやり取りに過ぎないのだ。

突然壮大な説教をされた。
和多田さんも災難だった。