コロナのたらい回し


朝一番、珈琲豆の香りを味わう。
(香りを味わえる日本語は素晴らしい。
ちなみにコーヒーより珈琲が好きだ)
新コロ騒ぎのお陰で幸せ度が上がった!

味覚も嗅覚もなくなっている
友人女性から相談を受けた。

実は1週間前からだるさと頭痛、
軽度の咳で相談されていた。

臨床症状から強く疑われる。
地元の町医者にも断れたそうだ。
PCR検査で診断するしかない。
本人に話を聴いても、らちがあかない
ので、彼女の区の保健所に電話した。

つながらない電話に何度もかけ、
ようやくつながるもたらい回し。
その度に自己紹介から始める。
区の中核病院「コロナ外来」を
紹介された。

「医師から直接検査依頼して下さい」
と。

直接病院にかけ、これまでの経過を話す。
もちろん紹介状は完成させている。
先方での話し合いの結果
「保健所から依頼してもらわないと
検査できません」


なんだったんだ、この時間は!
そして、なんのラリーだ!?

再度保健所に問いただすと
「自分らもよくわからない。
こんな相談ばかりなんです」

優先順位があり、濃厚接触があきらか
ではない彼女は後回しになる、らしい。

「患者さん死んだらどうすんの?」
「でも皆さん待ってるんで・・・」

逆ギレならぬ居直りだ。

逆に言うと、こんな杜撰なシステムで
これだけの死者しか出ていない

と言えなくもないが・・・
PCR検査数が増えないわけだ。

最初に検査を増やさない方針で
進んだら、そのままの硬直システムだ。

台東区は動いた。
検査が柔軟になった。
区議に働きかけたのも少しは効いたか?

少し遠いが、友人を当院に来させ、
レントゲンを撮り、検査に回す流れに
誘導した。

友人のような患者は自宅待機で
どんどん悪くなるかもしれない。
こんな悲惨な現状が新コロ医療を
疲弊させているのだ、と構造が見えた。

町の先生方!頑張りましょう!
なんとか断らないシステムを作って
患者さんを救いましょう!


感染制御の信頼を作り、患者さんの
不安解消に努める必要がある。
その努力は必ず将来の信用につながる。

地域の理解も必要だ。
「明日は我が身」
診てくれるところがないのは悲惨だ。

https://mainichi.jp/articles/20200408/k00/00m/040/334000c?fbclid=IwAR1tZSKJ4ZsomhmRSLZ9jTrsZEtuVpCJOKklGFIQQ2odkrmoyi-cOhtS21s

感情をコントロールする方法


寂しいでしょ?
そう訊かれると、いつも
「まったく寂しくないですね」
と答えるようにしている。

ちなみに
腹立ったでしょ?
そう訊かれても
「全然」
と答えるようにしている。

そっちへ行かないようにしている。
そっちの「感情」と付き合っても
あんまり良いことがない。
「うつ病」はすぐに作ることができる、
と知っているからだ。


映画のように「他人の話」なら娯楽になる。
哀しみは娯楽にできても、寂しさを
娯楽にするのは難しいと思っている。


妻が突然死した澤井さん(74歳)。
「こんなに寂しいと思わなかった」
と言った。
酒量も増えている。

「そっち行ったらアカンわ。
独りで飲むの止めましょう」

主治医はそう助言した。

澤井さんの向かいの野中さん。
斜向いの吉田さん。
そのまた隣の田中さん。
みな未亡人だ。

「誘って一緒に飲んだら?」
と提案したら、少し考えた澤井さん
「ババアばっかりじゃねえか!」
と口が悪いので安心した。
自分のジジイさを棚に上げて・・・

移動するな!自宅にいなさい!

エネルギーの余っている若者には
酷だろう。
でも、しばらくの間、独りの楽しみを
見出すしかない。
時間的にも空間的にも日本はラッキーだ。

文化に感謝しつつ、新たなスキルを
身につける時間を与えられた。

その知恵がいつか役に立つ日が来る。
その日を嬉しがって稽古することだ。

ちなみに、
嬉しいでしょ?
そう訊かれると常に
「全然」
満面の笑みで答えることにしている。

人の命がかかっているから


早い話が
正論は最強だ
ということだ。


東京はカフェが多い。
理由の一つは家賃が高いことだ。
狭い部屋にしか住めない。
カフェでくつろぎ、仕事をする。
今は家にいないといけない。

人の命がかかっているから・・・

趣味がアウトドアの人は多い。
患者さんには社交ダンスが
趣味の方が多いが、全部中止だ。
自宅でテレビを観るしかない。
仕方がない。

人の命がかかっているから・・・

世界的に飲酒量も増えているらしい。
運動不足と過飲で鬱は悪化する。
みな気の毒だが仕方がない。

人の命がかかっているから・・・

日当で暮らしている人は大変だ。
自営業者も気が気でないだろう。
今月の家賃が払えないかもしれない。
売上がないので貯金から出した
79歳のスナック経営者がいる。

仕方がない。
人の命がかかっているから・・・

自分のことを書く。

雇われ院長なので給料は保証されている。
もともとインドアなので生活は変化なし。
論文を書いたり、楽器を弾いたり。

食べるのも一日一食。
最近は昼食に出かけることが多い。
どこもガラガラで、「間」が気まずい。
店主を励まし、プチ医療をする。

家にはテレビがないので専ら読書三昧。
この土日で20冊以上読破した。

妻子は帰省している。
隔離に近い閑静な田舎から、悪名高い
東京に還る日はいつになるのやら。

なので自分の生活に不便はない。
規制を強いられる人々が気の毒だ。

医療的なことを書く。
発症している人でなければ
「3密」を避けることで十分。

都知事の「歯に衣を着せた」
物言いがすべてだ。

本当に若者の外出が問題なのか?
院内感染の制御こそが問題なのでは?
院内の状況は見えない。
外を歩く若者は見える。
だから攻撃対象になる。


それは「思考停止」に他ならない。
「ゼロリスク」の追求は気が狂う。
妄想と付き合うことになるからだ。


仕方がない。
人の命がかかっているから・・・

この「正論」には歯向かえない。