相性抜群

鈴木さんは92歳女性。
鈴木さんの長女が外来受診した。

以前、鈴木さんの在宅診療をしていた。
転倒、入院をきっかけに在宅介護が
困難になり、特養に入所している。
入所後、すこぶる快調らしい。
認知症もむしろ改善している。

「こんなによくしてくれるけど、
ここおカネ大丈夫なの?」
「大丈夫よ。お母さんの貯金で
十分やれてるから」

と答える娘に母は上機嫌だ。

安心した主治医は
「どこ入ったんだっけ?」
と長女に訊いた。

「〇〇園です」
「…」

一瞬無言になってしまうところが
まだまだ修行が足りていない。

3姉妹の長女で機転が効く。
一瞬の間を見逃さない。
「入る前にケアマネにも言われました。
評判良くないって」


問題が多い特養だった。
入所者の介護が杜撰すぎた。
直接、苦情を伝えたこともあった。
行政から指導が入ったこともあった。

介護施設はどこも同じく人手不足だ。
介護理念だけではどうしようもない
部分もある。

こちらとしても「イジメ」がしたいわけ
ではない。

しかし、今回先入観はくつがえった。

在宅の頃、ご本人から聴いた話だ。

戦後、満州から命からがら引き揚げた。
船の上で死んだ子供も何人もいた。
亡夫が俳優並のハンサムだった。


そんな話をスタッフにもしている
のかもしれない。
鈴木さんは明るく、愛される性格だ。

そして何より3姉妹だ。
さすがにこのお母さんの娘。
みな処世に長けている。

3姉妹のチームワークがスタッフに
いい意味でプレッシャーを
与えているのは想像に容易だ。


断言する。

最初からプロはいない。
教育してあげればうまくなる。
当たり前だが関係性は受け身ではない。
「相性」も育てられるものなのだ。


自らの先入観に自戒を込めて…

注文まちがい

自分の思いを相手に伝える。
想像している以上に難しい。
相手の理解度が違うからだ。
それはIQとかそういう話ではない。
さまざまな先入観が入るからだ。

下島さんは76歳女性。
夫と蕎麦屋をしている。
朝から晩まで馬車馬のように働き、
家事もしっかりこなしている。

先日脊椎の圧迫骨折をした。
整形外科で診てもらっているが、
治療が長引いている印象だ。

「医者にしっかり伝えた?」
訊いてみた。
どこまで治してほしいか?
どう治りたいか?
仕事で相当動き回ること。

日常と仕事中の活動性も印象も
全く違う人は意外に多い。

下島さんもその一人だ。
それを知らない医者は下島さんを
「76歳女性の一症例」
として扱う可能性が高い。

「?」
な顔をしている下島さん。
こちらの質問の本当の意図が
下島さんに伝わっていないようだ。

「カツ丼を注文しているのに、
素うどん出てきたらお客さんは
怒るでしょ?」

ようやく理解できたようだ。

「自分は何を求めているか?」
を相手に伝えるのは簡単ではない。
よく知っておくべきだ。
でないと素うどんが出てくる。

熟年カップル誕生?

卓球部が盛り上がっている。
患者さんのサークル活動だ。
他にも、朗読部、ダンス部、
写真部…色々ある。

卓球のあとはカラオケ。
体育系と文化系でバランスもいい。

84歳の田無さんは卓球は初めて。
それでも上達が著しいそうだ。

田無さんは社交ダンスをしていた。
ダンスも高齢になってから始めた。
ダンスは覚えることが多い。
できなかったことができるようになる
体験をしているのは大きい。

新しいことを始めるには勇気が必要だ。
自分で「無理」と決めつける。
新しいことを始められない理由の
大半は先入観だ。

つくづく感じる。
成功体験は重要だ。

75歳の荒川さんは昨年妻を亡くした。
69歳の横井さんは昨年夫を亡くした。
卓球を始めて2人とも明るくなった。
検査データも劇的に改善している。

(自称)カップリングに定評のある
主治医は二人を焚き付けている。
「一緒になれば?」
二人ともまんざらでもない様子だ。

先日、荒川さんが風邪をこじらせた。
横井さんは一生懸命看病したそうだ。
荒川さんはうつ気味な横井さんを
いつも笑わせている。

いいと思う。
新しい関係性を始めるのも
間違いなく素晴らしい。
相手がいなければ一人にさえ
なれないのだから。