4年に一度じゃない。一年に二度だ。

「インフレで大変だったのよ」

吉田さん(69歳)は経済学者ではない。
インフルエンザの言い間違いだ。

今年はめずらしく夏に流行した。
ワールドカップの影響とも
推察されている。
来日した南半球の人たちが
運んできたのかもしれない。

吉田さんの息子と孫がかかった。

「よかったじゃないですか」
「全然よくないわよ」
「思い出深い夏になったじゃ
ないですか」
「よくもそんな呑気なことを!」
膝を叩かれる。

もちろん、治ったからこそ
気軽に言えるのだが…

のんべんだらりと過ごす毎日は
一瞬で過ぎ去る。
気づいたら何も残っていない。
一回きりの人生では?

夏のインフルエンザ。
一生忘れないだろう。

家族で濃密な時間を共有できる病。
それも悪くない。

次に流行るインフルの予防接種で
来院した吉田さん。
「じゃあ注射やめとこうかな」

とはならない。
やっぱりしんどいのは嫌だから。

死ぬで

時間制の競技がある。
サッカー、ラグビー、格闘技…

「もっとシュート打てよ」
「もっと手を出さなきゃ」

「時間ないぞ!」

選手や自陣の掛け声がはもちろん、

ファンもそういう気持ちになる。

ランナーの場合、有限なのは
時間ではなく距離だ。
ラストスパートという言葉がある。
時間と空間の違いはあれど、

「最後」は見えている。

人生における死はどうだろうか?
「いつ・どこ」かは見えない。

競技で言えば、「野球」に近い。

医学は「死」を最も忌み嫌うもの
として発展してきた側面がある。
死ぬ病を救ってきた。
その副作用か?

死ぬ存在であることを忘れている?

そんな人が増えたように思える。

中国でもそんな傾向があるそうだ。
あきらかに寿命に近い死でさえも、
医師が逆恨みされ、殺される。

そういうケースが増えているそうだ。

結果、医師を志望する人が減り、

医学の質が低下していると聞いた。

死を取り扱うのは宗教の仕事か?

ある種の宗教は死を美化する。
死後の世界、生まれ変わり…
「ある」か「ない」かわからない

世界を語る。

医師の立場から言わせてもらえば、

無責任としか言いようがない。

医師は「現世」を取り扱う仕事だ。
死後はわからんが、「死」はある。
そういう立場だ。

死から逆算して考えているか?

ラストスパートかけてるか?

シュート打ってるか?

死から逆算して優先順位を決定する。
少なくとも自分はそう考えている。

患者さんへもそう助言している。

明日死んでも後悔しないか?
もしも10年生きる保証されたら
10年後どうありたいか?

そこから逆算して「現世」を過ごす。

「死」は生は充実させる「道具」だ。
スポーツも宗教も「娯楽」だ。
生を充実させるために存在する。
そう考えている。

ONE FOR ALL ALL FOR ONE

早い話が
家族の健康は総合点が一定しているのでは
ということだ。

家族が重い病を患う。
家族間での関係性に変化が起こる。
ドミノ倒し的にメンバーが病気になる
ということは滅多にない。

一緒に学ぶことで養生するようになる。
「自分が倒れてはいけない」
気持ちが免疫力を高めているのか?
実際、目の色が変わる家族は多い。
そして、以前より明らかに元気になる。

そういうケースは多い。

子どもが先に逝ってしまう。
その悲しみは言葉にできない。
しかし、数年後不思議なほど元気になる。
子どもの分まで生きてやろう!

人生を大切に生きている人は少なくない。

家族の健康は総合点が一定する。
勝手にそんな気がしている。

勿論当てはまらないケースもあるだろう。

人間は「関係」の中で生きている。
相手の状態に応じて自然と立ち回る。

親密な家族ほどバランスしている。

荒尾さん(78歳女性)は肥満している。
現在体重が78kgだ。
結婚当初、体重は45kgだったそうだ。
「詐欺ですね」
主治医は本音をつい吐いてしまう。
結婚当初、夫の体重が78kgだった。
夫はここ数年患っている。
現在体重は45kgしかないそうだ。
夫婦の体重が入れ替わったのだ!
総合点一定してるやんか…