香ばしい音色


櫻井さん(93歳男性)は
進行胃がんで緩和ケアをしている。

肺がんと肝臓にも転移があるが、
幸い痛みも呼吸苦もない。

妻を亡くして20年になるが、
身の回りも自分でやってきた。
年齢と病状を感じさせない気丈さも
やはり、限界に近づいている。

先日転倒して気弱になった。
臨時往診をした。

「今日は良くないね」
「食べる気しないですか?」
「鰻なら食えるかも」
「そこの吉野家ならあるかも」


ネットでメニューを確認。
大丈夫、まだあった!

ヘルパーさんが来るときに
買ってきてもらうことにした。
鰻重のタレの香りで十分だ。

テレビのついていない部屋は静かだ。
櫻井さんは陸軍でシベリアにいた。
その頃の話になった。

当時のソ連軍の機関銃は形状から
「マンドリン」と呼ばれていた。
4年間マンドリンを習っていた。
そんな話をしている櫻井さんは元気だ。

「マンドリン聴きましょうか?」
櫻井さんはほとんど使えない
スマホを息子に与えられていた。
「マンドリン演奏」で検索する。
You tube でいくらでも出てくる。

良さげな合奏を見つけた。
「上手だね」
綺麗な音色に櫻井さんは上機嫌だ。
しばらくすれば鰻重も届く。

マンドリンの音色と鰻の香り。
時代のスペックを活用すれば
終末期の部屋も華やぐ。


悲壮感も工夫次第だ。

おばちゃんを育てよう

早い話が
オッサンはおばちゃんを目指せ
ということだ。

102歳になった綿田さんが亡くなった。
入院先の病院で。
入院は避けたかった。
入院したら絶対帰ってこれない。
わかっていたからだ。

信頼されていた自負はあるが力不足だった。

息子二人は近隣に住んでいる。
息子が介護をするのは難しい。
それは重々理解している。
だからバックアップするつもりだった。
24時間の電話待機。
夜間にヘルパーに入ってもらう。
何より本人の自力がすごい。
家で過ごしたい、そう思っている。
息子に伝えた。
「一日一回だけ訪問したげて」
交互でかまわない。

リクエストはそれだけだった。

母の衰えを見るのが辛かったのだろう。
70代のオッサンには。
「病院入ったら帰ってこれないよ」
予言通りになってしまった。
たった4日で…
会話もしっかりしていた人が。
そらそうだ。

快適領域を強引に変えられたもの。
医者にもかからなかった人だ。

自戒を込めて言う。
オッサン、しっかりせえよ。
そしてお母さんたちにも言う。
そんなオッサンを作るな。
情厚く、最期まで逃げずに看取る。
おばちゃんのほとんどがそうしている。
オッサンは大抵逃げる、目を背ける。
親の顔が見たい!
死んだ母親か。
しゃあないか…