次の現場へ


「ブログネタが多そうな方に進んだら」
妻が言った。
わが妻ながらエエセンスだ!

8月一杯で診療所を辞めることになった。
理由はそれなりにあるのだが、
結局は「自分の意志」だ。
残りたければどんな手を使ってでも
残ればいいだけ。

12年間はそれなりの時間だった。
何を残したのか?
「作品」が残る世界が羨ましい。

チャーリー・パーカーが
素晴らしいのではない。
チャーリー・パーカーの「音楽」が
素晴らしいのだ。

ピカソが素晴らしいのではない。
ピカソの「絵」が素晴らしいのだ。

医療ならどうだろうか?
患者が治癒すること?
生き延びること?
それが目標なら難しい。
人はいつか死ぬ。

医療における「作品」とは?
異論はあるだろうが「関係」では
ないだろうか?

ときに私生活にまで近づき、共感し合い、
共通の目標に向かって伴走する。
打ちひしがれることも多々ある。

今、色んな形で患者さんたちが
可視化してくれている。
感謝と恐縮の時間は正直しんどい。
関係が理解できない人には一生
感じることができないだろう。

話が抽象的になりすぎた。

というわけで次の舞台に移ることにした。
やることは同じだから大丈夫。
手数と自由度が増えただけだ。

アドリブセラピー

「ステージでは練習したことを
すべて忘れろ!」
チャーリー・パーカー

めずらしく平日に風邪を引いた。
合羽を着て小一時間走った。
一向に汗が出ない。
風呂に入ってもイマイチ汗が出ない。

ダルさだけが増し、そのまま早く寝た。

たっぷり寝たが、シャキっとしない。
喉も痛いし、寒気もする。
少し朦朧とするが、午前は往診だ。
今朝は15軒訪問する。

首を長くして待っているはず…

ありがたい。

患者さんがみな自分より軽症だ!

首から頭にかけてとても重い。
頭が働かない。アホになっている。
もはや「反射」で診療している。

ところが…

割といい感じだ。
診療が実にスムーズなのだ。

笑いも多い。

朦朧とするのも悪くないぞ!
自然体な気がする。
朦朧としていても目の前の
ことには集中できる。

診療中にゴチャゴチャ考えては
いけないのかもしれない。
考える仕事は既に済ませておく。

準備段階で。

診療も演奏と同じなのか!

これって悟り?

おめでたい医者だ。
診療の録画は存在しない。

それだけが救いだ。

体調管理はきちんとね、