スリル中毒

電車に乗るのが怖い。
途中で降りてしまう。
仕事に行けない日が続く。

そういう悩みが続いた。
二人とも40代既婚者男性。

簡単に「うつ病」に逃げたくはない。
そうだとしても、初期なので
それなりに助言をした。

「おばけ怖い?」
「はい?」
「子供っておばけ怖がるよね?
まだおばけ怖い?」
「それと一緒ってことですか?」

違うかもしれない、それとは。
だけど克服しなければならない。

仕事行かなきゃ。でしょ?

「怖い」と発するとアホになる。
前頭葉が機能しなくなるからだ。
但し、ゴチャゴチャ考えずに
逃げるのが必要な状況もある。
「怖い」を失うと早死にする。
「怖い」は必要な「本能」なのだ。

だから、よく考えるべきだ。
「怖い」が適切かどうか?
おばけがいるのかどうか?

克服しなければならないことは
人生に多々ある。
そしてたくさん克服してきたはず。
自転車に乗る、に始まり、人前で
発表したり、危険な目に遭ったり、
子供が産まれたり…

出産する女性も絶対に「怖い」はず。
でも逃げられないし、克服する。

「電車が怖い」は幻想だ。
「怖い」という言葉さえいらない。
自分で作った妄想は自己責任。
幻想は「娯楽」にすべきだ。
毎日がジェットコースターだ。
かなりの高確率で「無事」が
保証されているのだから。

毎日チャレンジするのも悪くない。
記憶に残る日々を送れるはず。

心療内科ではないのでこの辺で…

トラウマ克服法

「トラウマなんです」
という人は多い。

日本でトラウマという言葉が
使われたのは1980年代からだ。

「トラウマ」という言葉を聞くと、
「自分のトラウマは何だろう?」
と反射的に考えてしまう。
80年代以前にそれはなかったのだ。

トラウマという響きは日本語的だ。
覚えやすいゆえに頻用されたか。
これが「フォンフリッヒ」とかだと
「フォンフリッヒなんです」
とはならなかったかもしれない。

トラウマは「心的外傷」と訳される。
心の傷を負ったことのない人はいない、
程度の差こそあれど。

問題は何か?

身体症状や行動制限があるか
ないかが問題なのだ。

トラウマへのアクセスを繰り返す。
思い出す作業を繰り返すことで
記憶が強固になっていく。
勉強して「トラウマ大学」に受かる。
いい喩えではないが…

重層構造になってしまった記憶を
破壊するのは容易ではない。
そうなる前に忘却するクセを
つけることだ。

なぜ、嫌な記憶にアクセス
してしまうのか?
二度目の危険を回避するための
本能なのだろう。

反面、怖い場所に近づきたい
という本能もあるようだ。

ジェットコースター、ホラー映画、
スカイダイビング…

恐怖体験が娯楽になるのは、
生き延びた安堵感だろう。
生命危機の疑似体験と言える。

そこら辺にトラウマを克服する
ヒントがあるかもしれない。

トラウマを客観的に見ることが
できれば、克服したも同然。
あとは優先順位に従って、
人生の重要な用事をこなす。

トラウマと戯れている暇はない。
その状態になるのが理想だ。

祖先は皆、乗り越えてきたのだ。
絶対に大丈夫。