デンジャラス・ゾーン

数年前キューバで旅をした。
行く前も後も周囲から
「怖くないの?治安とか」
散々言われた。
実際のキューバはかつて訪れた
どの国よりも安全だった。
人は穏やかで、夜は早々静かだった。
情報がアップデートされていない。
キューバ革命時の混乱や、移民の犯罪。
その辺りで止まっているのだ。
キューバ、野球、ラテン、社会主義。
50年間それだけ。
興味がない国は危険な国になるようだ。

在宅患者さんの高杉さん80歳。
足が痛くて自宅にいる時間が増えた。
最近はほとんど家の外に出ない。
往診するといつも情報番組を見ている。
うちにはテレビがないので、
往診患者さんの家のテレビは新鮮だ。
つい、目がそちらへ向かってしまう。
番組構成、コメントに正直イラつく。
あえて番組名は出さないが、
どの局も似たり寄ったりだろう。

「下半身の一部が切り取られた死体を
女性が湘南で見つけたニュースです」
センセーショナルな予告でCMに入る。
「見つけた人トラウマになるわよねえ」
とナース。
「怖い世の中だからねえ」
という高山さん。
日本は世界で最も平和で安全な国だ。
殺人発生率は10万人当たり0.28人。
(ちなみにエルサルバドル82.84人)
年々、数字上の凶悪犯罪も減っている。
家にいると世の中は危険になるようだ。

一層高杉さんは引きこもるだろう。

テレビが娯楽だった時代がなつかしい。

恐怖に打ち克つ方法

早い話が
取り扱えない言葉は捨ててしまえ!
ということだ。

佐藤さん(72歳)はうつ病だ。
最近状態はどんどん改善している。
兄弟で経営していた会社を昨年辞めた。
追い出される形での退社だそうだ。
仕事を辞めてうつ病を発症した。
当院には糖尿病でかかっている。
うつ病が悪くなると血糖値が上がる。

心と身体はつながっていると実感する。

「話をして相手を困らせるのが怖い」
佐藤さんはそう言った。
精神科的にはうつ病への対処として
「励ましは禁物」など色々ある。
こっちは内科医。

我流だが、正直に医療をするしかない。

「”怖い”は幻想よ」
「はあ…幻想?」
「ダイレクトな感情ではないでしょう?」
たとえば、嬉しい、悲しい、楽しいなど。
ある出来事に対して生じた感情だ。
では「怖い」や「恐怖」は?
起こりそうな出来事への感情だ。
自分の「期待」であり「幻想」だ。
6年前にキューバに行ったとき。
3500m上空からスカイダイビングをした。
飛ぶ前は「怖い」だが、スリルを楽しんだ。

期待以上のスリルだった。

世間で「怖い」とされているもの。
ジェットコースターやお化け屋敷、
ホラー映画はすべて娯楽だ。
「怖い」からこそ、みなやりたがる。
スリルを楽しむ未来が「怖い」なのだ。

だから「怖い」は娯楽への期待なのだ。

スリルが嫌いなら体験しなければいい。
それは「イヤ」という感情だ。

繰り返す。
「怖い」は期待にすぎない。
期待するのは、ほかならぬ自分。
幻想を作り出すのも自分。
恐怖に打ち克つ方法?

「ま・ぼ・ろ・し」だと知ることだ。

「自分が情けない」
とも佐藤さんは言った。
「情けない」はあってもいい。
「で、何?」だ。
理想の自分ではないから情けないのだ。

「情けなくない」自分になればいい。

うつのど真ん中ならこんな話は難しい。
佐藤さんは1歳の孫に救われている。
可愛くて仕方がないらしい。

赤ちゃんにうつ病はいない。
赤ちゃんは常に体験先にありきだ。
体験をして、感情が生じる。
その感情を言葉にできない。
言葉化できない感情に満たされている。
だから赤ちゃんのそばにいると

心地いいのかもしれない。

世界には邪魔な言葉が多い。

取り扱えない言葉は捨ててしまえ!
今日から「怖い」は禁止だ。

「絶対死なんといて下さいよ。
ボクのために生きてよ、佐藤さん。
死なれたら一生トラウマになるで」

最後にしっかり怖がらせておいた。