父と娘とコロナ


安田さんは81歳男性。
TVやCMにエキストラとして
出演する芸能事務所に入っている。

この年齢の男性にしては珍しく、
日本舞踊や唄も頑張っている。
シュッとしてるし、女性にも
モテるだろうと思う。

独居だが健康への意識も高い。
「安田さんは偉いね。お手本ですよ」
「娘に会う日まで頑張ってるんです」

涙ぐむ安田さん。

安田さんは30年前に妻と離婚した。
それ以来、娘とも会っていない。
再会のその日にカッコいい父でいたい。
涙ぐましい努力をしているわけだ。

「OK、協力しますよ!」
人情医師は安田さんの健気さに
絆(ほだ)された。
定期的に調べ、とびきり良い薬を
出してあげている。

そんな安田さん、こないだの
日曜日に救急搬送された。

めまいが強かったので自ら救急要請した。
一通り検査をし、異常なし。
無事に帰宅した。

4日後当院を外来受診し、話を聞いた。
「翌日には来なきゃ!独りなんだから」
心配して言った。
なぜか安田さんはニヤニヤしている。
「そう思っていたんですが・・・」
と嬉しそうに語り始めた。

搬送された安田さんを心配した弟が、
安田さんの娘に連絡したそうだ。
(最期になるかもしれない)
そう思ったのかも知れない。
娘から連絡があったのだ!

30年ぶりの父娘は会話をした。
「大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。お前こそ元気か?」

なんて会話があったのだろう。
主治医に報告する安田さんは
嬉しさで涙ぐんでいた。

昨日も娘から電話があったそうだ。
安田さんが搬送された病院は
院内感染が話題の区の中核病院だ!
「お父さん本当に大丈夫なの?」

30年ぶりに娘に心配をかける父親。
主治医ももらい泣きしそうになりながら
安田さんに言った。
「よかったねえ。これで死ねるね」
うん、うん、うなづく安田さん。

アカンアカン、人生はこれからだ。
コロナウイルス様様だ。
世の中には「怪我の功名」しかない。

死ぬの?

佐藤さんは80歳男性。
外来終了後に飛び込んできた。

この時間帯に来る患者さんには
注意が必要だ。
重症が隠れているケースがある。
スタッフも帰宅間際なので
集中力が切れがちだ。
この時間帯こそ引き締めるように
と、常に確認し合っている。

めまいと嘔吐で来院した佐藤さん。
付添の妻も不安そうだ。
持参の袋内の吐物は食事内容だ。

問診した。
「なんで吐いてるの?」
「気持ち悪くて」
「何食ったの?」
「昼は食べてません」
「朝食ったんだ?」
「おでんを」


夫婦で始まった。
結構食べたじゃない!3種類だけだよ。
古かったかな?味は確認したんだけど。
しっかり火は通してあるわよ!

様子を眺めながら、薬を溶かす主治医。
佐藤さんの顔色は悪い。

問診再開。
「死ぬの?」
「え?」
「いや、死にそうな顔してるから」

横から妻が
「寝てばっかりなんですよ」

佐藤さんは昨年末で仕事を止めた。
マジメで腕の良い職人さんだった。
地域活動にも貢献し、人望もある。
2度、仕事中に大怪我をしている。
右の人差し指と中指を欠損している。

主治医は叱咤激励した。
「もうちょい生きるつもりなら
気合入れてよ。起きてないと」


溶け切った薬を手渡した。
飲み終わり、しばらくすると眼力が戻った。
顔色も回復してきた。
妻も驚いている。

神経所見には異常はない。
脳は問題ないようだ。
念の為に点滴をしておいた。

「おでん古かったのかな?」
まだ言っている妻に
「毒盛ったんじゃないの?」
こういう不謹慎を「荒療治」と
勝手に名付けている。

「まだ死なれたら困るよね?」
「そうよ」
と頷く妻。

もうちょい生きたいか?
このままで良いのか?
自分で決めるしかない。

死ぬのは難しくはない。
寝てれば楽に弱っていくだろう。
まだこの世に「用」があるなら
生きるしかない。


握手の力強さに、佐藤さんの
心が見えた。
3本とは思えない力強さに…

逃げるから怖くなる

季節の変わり目に頭がモヤモヤする。
岡田さんは84歳の女性。
めまいの一種と捉えている。

表情の硬さはさながら鉄仮面だ。
「笑った方がいいですよ」
対処法を提案した。

かなり前に仕入れた知見だ。

笑うから面白くなる。
面白いから笑うのではない。

逃げるから怖くなる、というのもある。
心理学用語で「アウトサイド・イン」
というそうだ。

もしかしたら表情を和らげると
モヤモヤがとれるかもしれない。
少なくとも緊張は取れるだろう。
有害な副作用は考えられない。
というわけで、笑顔を励行した。

「面白いことを想像するように」
岡田さんは困惑していた。
まあそう面白いこともないそうだ。
だからネタをプレゼントした。

最近、家族が明るく過ごせるように、
朝の挨拶するときスキップで登場する。
家庭で、陽気な父親をやっている。

という告白をした。
このネタは、岡田さんと義娘、
師長にも大いにウケた。

気を良くした主治医は調子に乗り、
スキップで部屋をあとにした。

しばらく岡田さんは、この絵で
思い出し笑いできるだろう。
サービス業を実践している。