逃げるから怖くなる

季節の変わり目に頭がモヤモヤする。
岡田さんは84歳の女性。
めまいの一種と捉えている。

表情の硬さはさながら鉄仮面だ。
「笑った方がいいですよ」
対処法を提案した。

かなり前に仕入れた知見だ。

笑うから面白くなる。
面白いから笑うのではない。

逃げるから怖くなる、というのもある。
心理学用語で「アウトサイド・イン」
というそうだ。

もしかしたら表情を和らげると
モヤモヤがとれるかもしれない。
少なくとも緊張は取れるだろう。
有害な副作用は考えられない。
というわけで、笑顔を励行した。

「面白いことを想像するように」
岡田さんは困惑していた。
まあそう面白いこともないそうだ。
だからネタをプレゼントした。

最近、家族が明るく過ごせるように、
朝の挨拶するときスキップで登場する。
家庭で、陽気な父親をやっている。

という告白をした。
このネタは、岡田さんと義娘、
師長にも大いにウケた。

気を良くした主治医は調子に乗り、
スキップで部屋をあとにした。

しばらく岡田さんは、この絵で
思い出し笑いできるだろう。
サービス業を実践している。

つなぐのは血?点滴?

「先生、点滴してくれない?」

立石さん(81歳女性)は頭痛で来院した。
めまいで行う点滴で味をしめた。
頭痛ごときで点滴してられない。
「だめ」

3年前に夫を亡くした立石さん。
しばらく空気の抜けた風船状態だった。
ずっと会話も上の空。

最近ようやく冗談も通じるようになった。

立石さんは夫の姉と二人で暮らしている。
「イジワルな義姉」らしい。

外来ではずっと愚痴だらけだった。

立石さんは20代で寿司屋に嫁いだ。
家には義父母、義姉、義弟がいた。
義弟は後妻の連れ子だった。
戦中・戦後ではよくある話だ。

今の20代女子なら嫁ぐのを拒むだろう。

立石さんは寿司屋を手伝い、介護もした。
夫亡きあと、義姉と二人になった。
血の繋がらない姉との生活が始まる。
悲しみ、不安、不満、混在しただろう。

うつ状態になるのも理解できる。

立石さんが人生で最も長く過ごす相手。

それが義姉なのだから!

一緒に暮らし、今年60年目に突入。

夫婦なら「ダイヤモンド婚」だ!

立石さんは不定愁訴が相変わらず多い。
しかし、最近少し変化が出てきた。
「義姉が診療所行って来いだって」
いつもと風向きも表情も違う。
頭痛でもめまいでも何となく明るい。
なるほど!
義姉との関係性が変化したのだ!
そういえば最近悪口も少ない。

人間には「情」が存在する。
真の「家族」になったのかもしれない。
血のつながりがないだけの話だ。
訊いてみた。
「義姉さん死んだら泣くでしょ?」
「そりゃそうよ」
「OK!点滴したげる」
適応外だが、点滴してあげることにした。