恐怖に打ち克つ方法

早い話が
取り扱えない言葉は捨ててしまえ!
ということだ。

佐藤さん(72歳)はうつ病だ。
最近状態はどんどん改善している。
兄弟で経営していた会社を昨年辞めた。
追い出される形での退社だそうだ。
仕事を辞めてうつ病を発症した。
当院には糖尿病でかかっている。
うつ病が悪くなると血糖値が上がる。

心と身体はつながっていると実感する。

「話をして相手を困らせるのが怖い」
佐藤さんはそう言った。
精神科的にはうつ病への対処として
「励ましは禁物」など色々ある。
こっちは内科医。

我流だが、正直に医療をするしかない。

「”怖い”は幻想よ」
「はあ…幻想?」
「ダイレクトな感情ではないでしょう?」
たとえば、嬉しい、悲しい、楽しいなど。
ある出来事に対して生じた感情だ。
では「怖い」や「恐怖」は?
起こりそうな出来事への感情だ。
自分の「期待」であり「幻想」だ。
6年前にキューバに行ったとき。
3500m上空からスカイダイビングをした。
飛ぶ前は「怖い」だが、スリルを楽しんだ。

期待以上のスリルだった。

世間で「怖い」とされているもの。
ジェットコースターやお化け屋敷、
ホラー映画はすべて娯楽だ。
「怖い」からこそ、みなやりたがる。
スリルを楽しむ未来が「怖い」なのだ。

だから「怖い」は娯楽への期待なのだ。

スリルが嫌いなら体験しなければいい。
それは「イヤ」という感情だ。

繰り返す。
「怖い」は期待にすぎない。
期待するのは、ほかならぬ自分。
幻想を作り出すのも自分。
恐怖に打ち克つ方法?

「ま・ぼ・ろ・し」だと知ることだ。

「自分が情けない」
とも佐藤さんは言った。
「情けない」はあってもいい。
「で、何?」だ。
理想の自分ではないから情けないのだ。

「情けなくない」自分になればいい。

うつのど真ん中ならこんな話は難しい。
佐藤さんは1歳の孫に救われている。
可愛くて仕方がないらしい。

赤ちゃんにうつ病はいない。
赤ちゃんは常に体験先にありきだ。
体験をして、感情が生じる。
その感情を言葉にできない。
言葉化できない感情に満たされている。
だから赤ちゃんのそばにいると

心地いいのかもしれない。

世界には邪魔な言葉が多い。

取り扱えない言葉は捨ててしまえ!
今日から「怖い」は禁止だ。

「絶対死なんといて下さいよ。
ボクのために生きてよ、佐藤さん。
死なれたら一生トラウマになるで」

最後にしっかり怖がらせておいた。

Don’t stop. Move!

その場にとどまるためには
全力で走り続けなければならない
ルイスキャロル『鏡の国のアリス』

「どうですか?」
「変わりません」

そういう答えが多い。

全力で走り続けているようには到底見えない。
だから絶対に変化しているはずだ。

(毎回事細かく変化を伝えられても困るが…)

「同じことをしてても疲れるようになった」

有水さん(82歳)はそう言った。

ちゃう。
同じことをしているから疲れるのだ。
だって全力疾走しないといけないのだから!

自分の身体の微細な部分を観察する。
そういう人は滅多にいない。

感情に対しても同じ。

感情に無頓着だとしっぺ返しを食らう。

「うつ」になってからでは遅い。

生きているとは、
「内部環境が一定に保たれている」
ことだ。
そこには精神活動も含まれている。
その機能を「ホメオスタシス」という。

日本語で「恒常性維持機能」という。

「現状維持したい」というの考えは
本能からくるものなのだ。

生存確率を上げる期待から生まれる。

ところが、発達進化の面から見ると?
人間は移動運動に「快」を感じているらしい。
人間の身体は定住生活むきの構造をしていない。
足は構造的に前に進むように
作られている。
心も移動運動とともに発達したようだ!

矛盾が生まれる。
頭で不変を求め、身体は変化を求めている。
もしかしたらこの矛盾が病を生んでいるのでは?

定住したい、変わりたくない。
移動を止めるから病が発生するのでは?
この仮説が正しいとすれば…

間寛平は一気に権威となる。
「止まると死ぬんじゃ!」