「最近また眠れなくなっている」
前田さん(78歳)は言った。
往診時、前田さんの表情は硬かった。
肉体の不調という感じではない。
憔悴し切っている印象だった。
夫の一周忌が間近に迫っているらしい。
最近、毎晩夫の記憶に苛まれている。
出てくるのは辛い記憶ばかり。
叱られたことや怒鳴られたこと。
中華料理人だった夫は厳しかった。
前田さんは従順で真面目な人だ。
職人で遊び人の夫に尽くしていた。
夫亡き後、引っ越し、明るく過ごしていた。
一周忌が近づき、「陰」に入ってしまった。
思い出の中の「陰」の部分が照らされたのだ。
この状態はあまりよくない。
思い出すクセがついている。
思い出す度に記憶は強固になってしまう。
早急に方向を変える必要がある。
息子の妻に提案した。
寝るときに落語CDを流すように。
江戸時代に向かってもらおう。
次の往診先は牧野さん92歳。
こちらも未亡人だが対照的だ。
牧野さんの夫は多くの文章を残した。
妻と交わした書簡も大量に存在する。
「大義」に生きた夫だったそうだ。
物理的な存在として夫はいない。
しかし、夫は生きている。
夫の遺した大量の「文章」の中で…
毎晩その文章と対峙して安眠する。
牧野さん曰く
「眠り過ぎるほど眠れる」
歳を重ねる。
「思い出」を放置すると
暗い方向へ向かう人が多いようだ。
人間は失敗から学習する。
学習能力のせいかも知れない。
そして自ら「妄想」を統合してしまう。
暗い妄想から逃れるには?
文章でも、物語を聴くのでもいい。
「視点」をどこか全然別の場所へ
固定することが有効なのでは?
前田さんの夫の「文」は残っていない。
残念ながら…
市原悦子さんが亡くなった。
「まんが日本昔ばなし」で育った世代だ。
市原さんの声は今でも鮮明に聴こえる。
そうだ!安眠に効くかもしれない。
次回前田さんに勧めてみよう。
よろず相談所 One Love
日本メディカルコーチング研究所
所長: 原田文植
★言葉は、身体のコントローラー。