仮面様顔貌

93歳のパーキンソン病の患者さんがいる。
海軍にいた経験もあり、頭脳も明晰。しかし、最近少々「ガッツ」を失っている。

パーキンソン病の主症状に「安静時振戦」というのがある。
この患者さんは「なんで震えるんでしょうね?」という質問をしょっちゅう繰り返す。
病理学的説明や、疫学、予後について話しても仕方がない。
そこで次のエピソードを話すことにした。

ジャズの帝王マイルス・デイヴィスが少年時代、自分の憧れのトランペッターの真似をしてビブラートをかけて吹いていた。
音楽学校の試験でそれを実演したところ、先生に
「ビブラートをかけてはいけない。どうせ歳を取ったら震えるんだから、今から震える練習する必要ない。今はストレートに吹きなさい」
と指導されたそうだ。
マイルス本人が晩年に語っていた。音楽家として重要な経験であり、「契機」だったのだろう。

そんな話をして、「要は歳とったら皆震える、いうことです」とまとめた。
93歳の患者さんに話すエピソードとして、TPO が正しかったかどうかは正直あやしい。
実際、「何の話や?」的な不思議な表情をしていた。
ただ、その話の間も、終わってからも、患者さんの震えは止まっていた。
そして、大笑いしていた。
パーキンソン病の主症状に「仮面様顔貌(無表情)」というものがあることを忘れさせるほど…
「フォーカスをずらす」という重要なテクニックの話である。

原田文植