極楽組手

医師を取り巻く環境の中で、最も変化したと思うものに、インフォームド・コンセントがある。
情報を患者さんや家族に開示し、同意を得ることだ。たとえば、「ガンの告知」は当たり前になった。
知識量に圧倒的な差がある状況での情報開示が望ましいことかどうか疑念はあるものの、止められない流れだ。
問題は、医療従事者が自分たちの保身のために行なっていることが少なからずあるということだ。
「事前にきちんと説明しましたよね?」 常に、いざというときを想定して行う。 ネガティブ情報を散々説明されることで ゲンナリしてしまう患者さんも少なくない。もちろん、皆が保身のみで行っているわけではないが、いつのまにか流れ作業で説明し、患者さんの恐怖を理解し損ねることが多々ある。
医学生の実習でも
「君、それじゃあ裁判に負けるよ」
と、訴訟の恐怖を利用して指導する教官もいた。「教育」と「脅迫」は絶対に違うので、止めた方がいいと思う。

話は変わるが、
「拳はこわい。蹴りもこわい。しかし、こわいのは、お互いさまで、自分だけが、こわいのではない。だから、あえて、一歩前進する。つまり、一歩進めばあとは極楽の極楽組手なのである」
極真空手の創始者である、大山倍達氏が、道場生たちが、組み手をする時によく口にしていた言葉だそうだ。
この言葉を医師に当てはめると、
「医療事故はこわい。医療訴訟もこわい。しかし、患者さんの方がもっとこわい。だから、あえて、信頼関係の構築に努める。そうすれば、極楽への送り人にならずにすむ」
みたいな感じか…

検査や手術の前に、限りなく可能性の低いリスクまでも含めて説明して、患者さんを恐怖に陥れてから信頼を築くことは果たして可能なのだろうか?
「私に任せなさい」
と言い切るのは、このご時世とても難しい。しかし、そう言える医者になろうとすることで、見合った学びをするし、情報が集まるはずだ、と信じている。
「一歩前進する」
は相手のためであると同時に、自分のためでもあるのだ。

原田文植