自殺と安楽死

東京都民の45%が「自殺」を考えたことがあるという調査結果が出た。
衝撃的な結果だ。首都に住む人の約半数が「自殺」を考えたことがある国なんて他にあるのだろうか。
多くの人が「自殺」を選択肢に入れているのに長寿世界一(正確には2位のこともあるが)という矛盾した国である。
ところで、オランダという国は個人の自由をギリギリまで認めることをポリシーとしている国だ。
だから、是非はともかく、売春婦は公営だし、マリファナ及びソフトドラッグは所持・売買ともに認められている。
安楽死を最初に認めた国としても有名だ。
日本では安楽死が認められていない。医師の立場からすれば、いくら「安楽」にとはいえ、患者の死のお手伝いをすることにはやはり「ためらい」がある。
どう考えても残された生命に「苦痛と苦悩」しか見込めない患者に対し、心情的には安楽死させてあげたいという気持ちがないわけではない。
その役割を担うことにためらうのは、死刑制度は認めるが、死刑執行人にはなりたくないのに似た感情かもしれない。
個人的には、やはり医療の可能性に賭けたい部分があるし、「安楽死」でなくてもいいのではないかと思う。
そんな「安楽死」最先端の国オランダの実情を見学に行った医師視察団によると、オランダ人にとって、自殺が許されている日本人は羨ましいらしい。
これまた衝撃的な認識の相違である。キリスト教国であるオランダ人にとって、「自殺」という選択肢はご法度だそうだ。
「信仰がある」→「自殺はいけない」⇔「自殺かまわない」→「信仰がない」
数学的には「対偶は同値」だ(例:「医師である」→「医師免許を持っている」⇔「医師免許がない」→「医師ではない」)。
確かに日本人は信仰深いとは言い難い(ある意味、節操のない信心深さはあるが…)。
「終活」「生きているうちにお墓を買う」、など自分の死後の準備をしている人が近年増えていると聞く。
やはりビジネスの匂いがするし、そこに哲学は感じられない。
国教と呼べる宗教がない日本では「死を哲学すること」を問題提起するのは医師の仕事かもしれない。

日本メディカルコーチング研究所
所長: 原田文植