助言

早い話が
「助言」は聴くな!
ということだ。

特に、親や友人の助言だ。

なぜなら、実は「助言」ではないからだ。

人生において「進むべき道」に迷う。
大抵一度は経験するだろう。
そんなとき、近しい人が言葉をくれる。

その言葉は適切か?つまり助言なのか?

親や友人、身内がくれる「助言」。
その助言は誰の利益になるのか?
助言をする本人の利益だ。

助言と称する、自分自身の「希望」だ。

自分の胸に手を当ててみればわかる。
友人や家族に「助言」をしているか?
自分ゼロで身内に助言したことがあるか?
必ずそこには打算が働いているはずだ。

身内に助言できない理由は簡単だ。
「快適領域」の強固さに起因する。
自分の快適領域を損ないたくない。
みな、ホームで試合がしたい。
アウェイに連れて行かれたくないのだ。
自分と身内の間にも快適領域が存在する。
実際、身内がいても道に迷っているのだ。
そのことに気づく必要がある。

では赤の他人の助言はどうか?
助言に見合った対価を支払うことになる。
それを「ビジネス」と呼ぶ。
もはや助言ではなくなっている。

本音は助言できる人になりたい。
身内に対しても他人に対しても。
いつでも「自分ゼロ」を貫く。
その覚悟を持てるかどうか。
無償の愛はそこから始まるのかも…