聞こえない私でいいんです

オモシロクナール に対する画像結果

生まれつき聴力の弱い人たちに、
次の質問をした。

「聴者になれる魔法の薬」があったら
飲みますか?


ほとんどの人が「飲まない」と
答えたそうだ


自分に当てはめれば何だろう?
生まれてきたときは不自由だった。
それはみな共通だ。

ただし、それは記憶にない。
不自由を自然に克服していった。

成長し、自覚的に能力を磨く。
まだまだ磨きたいし、それに
面白さを感じている。

客観的に見て「不自由」とされる
人たちもそうなのかもしれない。
補うために研鑽してきた。
バランスしているはずだ。
今さらバランスを崩したくない。

圧倒的に長い時間、「ない」まま
過ごしてきた。
「ない」自分が「自分」なのだ。

あとで失った人の方が厄介だ。
「ある」自分が「自分」だから。

体力や、記憶力、感覚。
加齢とともに失うとされる。

ホンマか?
サボっていたのでは?

不要な能力はいらない。
本当に不自由なら何らかの
代替的能力を必死で鍛えるはず。
その「根性」を失うことが
加齢なのかもしれない。


ふと思った。
「オレには羽根がないな」
確かに大空を飛んでみたい。

「羽根が生える魔法の薬」を
飲みますか?


絶対に飲まない。
飛行機があるし、もうすぐ
ドローンで飛べそうだ。
羽根をしまう服持ってないし…