発達障害児の療育についての講演

無知は罪。
無関心も罪。
それは健常者の親も障害児の親も同じ。
親の愛だけでこどもは育たない。
みな宇宙の愛をもらって大きくなれた。
こどもは宇宙の宝物。
みなで育ててあげよう。
障害児も、シリアの戦争被害者も…

下町のカリスマ理容師

鈴木啓示というプロの投手がいた。
4歳のときに右腕を骨折した。
それを機に左投に転向した。
プロ野球で生涯317の勝ち星を挙げた。
歴代4位の大記録だ。

中田さんは左手の痛みがきつい。
50年以上床屋として働いている。
中田さんは左利きだ。
「ハサミの使い過ぎでしょ?」
「いや、ハサミは右手だよ」
なんと、右手で髪を切っていたのだ。
散髪用ハサミは右利きしかないそうだ。
左利き用は特注になるそうだ。

普段のハサミは左で使うらしい。
床屋のハサミは原理が違うのだそうだ。
親指で押し込むように切る。
ハサミと言うが、はさまないのだ。
だから最初はみな、戸惑うらしい。
はさむクセが染みついているからだ。
左利きの中田さんはクセがなかった。
だから、人一倍上達が早かったらしい。
一種の ”けがの功名” (?)だ。

日本の散髪ハサミは素晴らしい。
日本刀が源流だからだそうだ。
中田さんは自ら研ぐ。
これも左利き故の利点があるそうだ。

日常生活のほとんどの行為を左で行う。
箸、ペン、切る、投げる、殴る…
ただしトンカツを切るときは別。
左箸でトンカツを掴み、右ハサミで切る。
子供たちに大人気だったそうだ。
それ以外はすべて左手。
つまり仕事の他はほぼ左手のみ。

痛みの原因は左手の使い過ぎ。
整形外科でそう診断された。
仕事で最も使う右手は問題ないのだ!
無駄のない美しいフォームなのでは?
そんなことを想像した。
中田さんに限らず、日常動作はみな、
我流でやっていることが多い。
動きを検証する機会なんてほとんどない。
どうやってできるようになったか?
みな忘れ去っている。
遅れてきた右利きの中田さん。
素直に技術を研鑽できたのだろう。
クセがついていないことも奏功した。
結果、理に適った動きを達成し、
50年使っても故障していない。
ところで台東区は都内一床屋が多い。
激戦区での50年選手だ。

確信した。
年齢は関係ない。
新しい技術を身につけた方がいい。
それが偏見のないものであればなおいい。
クセは上達のさまたげになり得る。
リハビリにも応用できるかもしれない。

余談だが、白熱してきた中田さん。
剃刀の今昔話に発展していった。
「刃物は日本製に限る」という話だ。
待合室に患者さんが大勢いる。
次回に、とお願いした。

 

よろず相談所 One Love
日本メディカルコーチング研究所
所長: 原田文植

 

鉄の女?

クリーニング店で働く岩瀬さん。
50年以上同じ店で働いている。
77歳という年齢。現在はパート扱いだ。
オーナーから全幅の信頼を置かれている。
特筆すべきはそのアイロン技術だ!

今、岩瀬さんは岐路に立たされている。
若い同僚がイヤな人らしい。
心労が顔に出ていた。
少しやつれていた。
オーナー夫婦も一緒に働いている。
若い同僚の態度には手を焼いている。
しかし、みな強く注意できないそうだ。

そういう職場は少なくない。
「もう辞めようかなと思っているんです」
岩瀬さんは言った。
その方が良いのではないか、そう思った。
岩瀬さんは十分働いた。
「岩瀬さんが産まれたとき、ご両親は
こんなに長く働いて納税し続けるとは
絶対に思ってなかったでしょう。
そろそろエエんとちゃいますか?」

社会に機能を提供し、対価を得る。
職業の定義を真っ当に実践してきた。
好きだから続けられた。
こういう人は燃え尽き症候群にならない。
次にまた好きなことを見つけられる。
幸い、同居の娘はナースでしっかり者。
困らない程度の蓄えもある。

暗い顔で入室してきた岩瀬さん。
「ここに来ると元気になる」
満面の笑顔で退室して行った。
ちょっと背中を押しただけだ。
それを求めている人ばかりだ。
医者の「大丈夫」は効果テキメンなのだ!

 

よろず相談所 One Love
日本メディカルコーチング研究所
所長: 原田文植