一蓮托生

「お父さん最近脚がむくんでるのよ」
文江さんは開口一番、夫の話だ。
文江さんは高血圧で通院している。

「お父さんの話ね?」
「そう。大丈夫よね?」
「診ないと何とも言えません」
「むくみ」の鑑別は慎重さが必要だ。

文江さんの夫は某大学病院に通っている。
うちには風邪、下痢でたまに来院する。
たしか糖尿病だったはずだ。

1年以上診察していない。

「診ずに軽々しく大丈夫は言えんのよ」
「連れてきた方がいいよね?」

「はい」

大学病院ではきちんと診てくれない。
そんな愚痴を散々こぼした。

「とにかく連れてきて。それで調子どう?」
「最近腰が痛くて」
「文江さんが?」

「いや、お父さんが」

一瞬イラっとした…

ふと自分の苦い経験を思い出した。
予備校時代に好きな数学の講師がいた。
なぜか物理の質問ばかりしてしまった。
物理の講師より説明がうまかったからだ。
毎度毎度物理の質問をしていたある日。
講師のイラっとした顔を見逃さなかった。
その後、質問自体しなくなった…

夫の病状が妻の病状なのだろう。
この夫婦は一心同体、一蓮托生なのだ。
自分のことより夫のことなのだ。
外来で家族の話ばかりする。
そんな患者さんは少なくない。
文江さんの病状は極めて安定している。
来週月曜日夫を外来に連れてくる。

可哀そうやんけ



早い話が

無理して毒づくな
といういことだ。

発達障害という病名が横行している。
本人が困っていなければ大きなお世話だ。
病名として受け入れる必要は全くない。

ただし、カテゴライズのメリットもある。
病名がついたことでサービスが利用できる。
利用できるものは利用すればいい。
そのために税金を払っているのだから。

昔は病名としては一般的でなかった。
それゆえ、生活に困っている人も少なくない。
瀬田さん(63歳)もその一人だ。
性格は朗らかで、優しい。

独りで母を介護し見送った。

瀬田さんは複数の病を抱えている。
主に生活習慣病だ。
食事や運動のコントロールができない。
繰り返し指導するが、理解力に欠ける。
世間的には怠惰と見られがちだ。
プロから見れば「精神発達遅滞」がある。
普通に生活しながら、少しズレる。 

食欲を抑えられない理由は他にもある。

世の中、安価で高カロリーの食材だらけ。
缶酎ハイはジュースより安い。

国は許可を与えているし、重要な財源だ。

瀬田さんの病状は断じて自己責任ではない。
守ってあげないといけない存在なのでは?

生活保護受給者に異様に厳しい人がいる。
不正受給は受給者全体の2%に過ぎない。
これはファクトだ。
不正受給とされるケースでもしっかり
調べれば精神疾患の可能性もある。

世の中が「深刻」になっている気がする。
しかも「意地悪」な方向に…
「自己責任」という言葉の濫用。
自己責任は自分に対して使う言葉だ。

他人に使う必要はない。

「可哀そうやんけ!」
それは誰にでもある気持ちだろう。
正直にその感情を発露すればいい。

困っていれば助けてあげればいい。

「可哀そうやんけ!」
幾度となく許されてきた。
時代を共にする縁で。
空間を共にする縁で。
つながりを感じ、同情してあげる心。
それはあえて醸成するものではない。

最初から持ってる素直な気持ちだ。

「盗人にも三分の理」
先人は不正受給にさえも理由を見出した。
大泥棒も移民も娯楽の対象だ。
少なくともスクリーンの中では…

無理して毒づくな、と言いたい。

治り上手

早い話が
心配しながらうまくやれることはない
ということだ。

たとえばスポーツの試合。
試合中に心配している選手は負ける。

刻一刻と変わる状況に対応できないから。

音楽の演奏も同じ。
ステージに上がるまでは世界一下手と思え
ステージに上がったら世界一上手いと思え
とはエリッククラプトンの言葉だ。

心配しながらの演奏は聴いてられない。

スポーツも演奏も、持っているスペックを

最大限発揮し、淡々とやるしかない。

病への対応も同じはずだ。
子どもは症状そのものに正直だ。

「心配」という概念がないからだ。

対して大人は「心配」と格闘する。
「いつまでも続くのだろうか?」
「死ぬような病ではないだろうか?」
痛みなどの症状が四六時中が続く、
ということはまれだ。
何かに従事していれば忘れる。
寝てるときは気を失っている。

でしょ?

子どもはとてもわかりやすい。
症状が消えたら元気に遊んでいる。

つまり症状に「連続性」がないのだ。

大人は平気なときにまで病を感じる。
「アイスピックで刺されたような痛み」
などと経験のない表現を使ってまで、
再現しやすい状況を作り出す。

安静は貯金できるものではない。
症状がないときは何かした方がいい。
しんどいときに安静にすればいい。
少々無理するくらいでいい。
どうせできない無理はできない。
必ずリミッターが働くからだ。

少なくとも、
ここからここまでが「症状」
ここからここまでは「妄想(心配)」

その仕分けをするクセはつけた方がいい。

信頼する治療法を粛々と遂行する。
心配していては治癒も下手になる。