本当に子供は大切なのか?

子供連れで電車に乗った際に、しばしば冷たい視線を浴びせられることがある。
世間の目に過剰反応しているわけではない。むしろ子連れを好意的に見てきたし、こちらもそう見られることを期待している。
だからこそ違和感を覚える。

余談だが、日本の男性は重たい荷物を運んでいる女性を助けない、時々手を貸してくれるのは決まって外国人。そういう意見をよく耳にする。
男性諸君!常に困っている人を探そうぜ!

子供を大切にしない国に未来はあるのか?
謝罪に溜飲を下げる風習、無関係な他人の不倫をバッシングする社会。
いつからこんな意地悪な人が増えたのだろうか?
「満足していない」人が多くなっているのかもしれない。
差別が増える背景に経済的貧困があるという分析は一般的だ。現在の日本は「貧困」なのか?
人は他者と比べて、自分が「不十分」と感じたときに不公平を感じ、不満が爆発するらしい。
これは、「絶対値」ではなく「変化」に反応する神経ニューロンの持つ性質のせいかもしれない。だから「差異」に反応するのかも。
かくして不満は子供や弱者に向かうことになる。

ふと思った。

いまだかつて子供が大切に扱われたことはあったのだろうか?

『資本論』(カールマルクス)の中で、児童が過酷な労働条件の中で酷使され、教育もほとんど受けることができず、早死にしていく記述がある。
資本家は、子供からも搾取する存在だということがわかった。
わが国に目を向ける。
『中世民衆の生活文化』(横井清)の中に、生活に困窮した親が我が子を川に投げ入れて殺していたという記述がある。
明治・大正の頃まで娘を売った貧しい農家の家庭は珍しくなかった。戦時中も、「産めや増やせや」の目的は人員補充である。
現代、子供は宝物のように扱われていると言われて久しいが、本当にそうか?
『学力の経済学』(中室牧子)が売れ続けている。教育を「投資」と考えている親が多い証拠だろう。
21世紀、本気で子供を大切にし、社会で守り育む必要があるのではないだろうか。
今朝、子供が産まれた。ありがたいことだ。
本日、「世界の子供たち全員の教育と医療の機会均等」という人生の宿題を与えられたのだと考えることにする。

日本メディカルコーチング研究所
所長: 原田文植

■原田文植 著作
「病は口ぐせで治る!」
フォレスト出版

病は口ぐせで治る!原田文植
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今日が一番若い


日々年齢を重ねる。いつの間にか年老いている自分を見つめる。
「年のせいだな。これもできない、あれもできない」
こんなセリフを外来でよく耳にする。
確かに過去からみれば、今日この瞬間の自分は最高齢である。
しかし、未来から見れば、今日は最も若いのである。過去は二度とやってこないのだから。
当たり前だが、「戻れない過去」を起点にするのか、「いつかの未来」を起点にするかで真逆だ。
「行きたい所や会いたい人がいたら、どないしてでも実現しておいた方がいいですよ」
いつも患者さんにそう助言する。残りの人生が短いという理由で、そう言っているわけではない。
本気で「今日の若さ」を大切にして欲しいからである。
「ちょっと無理すれば行けたよなあ、去年なら」
これもよく耳にする。
人は行動する際に「スペック」を求める。逆に「スペックが足りないこと」を行動できない言い訳にする。
意志あるところに道あり
意志があったら、道が見えてくるのだ。
「会いたい」であり、「見たい」であり、「行きたい」が先に必要なのである。
気持ちがあれば、自分を取り囲む「雰囲気」も「景色」も変わる。
未来の自分にたくさんのお土産を持って行ってあげよう。

日本メディカルコーチング研究所
所長: 原田文植

 

■原田文植 著作
「病は口ぐせで治る!」
フォレスト出版

病は口ぐせで治る!原田文植
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下町の互助精神

下町には複数の「生活習慣病」を抱えている患者さんが少なくない。74歳の男性Oさんもそんな患者さんの一人だ。

あるランチタイム、地元の蕎麦屋さんでたまたまOさんに会った。Oさんが食していたのは、カツ丼ときつねそば。

その健啖ぶりに驚いたと同時に、なるほど、血糖値や脂質の数値が上がるはずだ。

後日、外来受診したときに、そのことをチクリとやった。

「よう食べはりますねえ。もりそば一つで十分お腹一杯になりましたよ」と伝えたところ、Oさんの答えはこうだった。

「オレもそうだよ。けど、お店で食べるときは1000円ぐらい遣ってあげなきゃ悪いかな、って思うんだよね。」

鈍器で殴られたような気がした。Oさんは「互助」という価値を優先していたのだ。盲点だった。

少し話がそれるかもしれないが、下町は滅多に値下げをしない。別の形でサービスをしてでも自分の仕事の交換価値を下げない。

廉価商売をする大型スーパーが入ってきて近隣のスーパーは戦々恐々となる。しかし、品質で勝負し、値段は下げずに対抗する。

地元の人に訊いてみても、「○○(大型スーパー)はモノがよくないからね。」との返事。

みんなで既存のお店を守っているのだ。もちろん、いつも勝てるとは限らない。

「価格競争」は最後に「共倒れ」が待っているだけ。生活水準で賃金が決定される資本主義は、安物買いをする人間の賃金は上がってこないシステムだ。

偉そうなことを言っているが、今日も某量販店で、エアコンを想定外の安さで買えて喜んでいる。

誰かが泣いてるからこの値段なのだろう。一応、罪悪感は感じております…

システムを変えるには時間がかかる。主治医としてはせいぜい、Oさんの「江戸っ子の気風(きっぷ)」と「健康」を両立させてあげることに尽力するのみ。

 

原田文植

 

■原田文植 著作
「病は口ぐせで治る!」
フォレスト出版

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